真崎です

沖縄にいます

「全部できんでええねん、そのためのチームやろ」-新米ライターの私が編集長パイセンに教わった6つのこと

 

「闇を抱えたビジュアル系ミュージシャンみたいな見た目の方やなぁ」

 

編集長パイセンの第一印象。

ラルクのyukihiroに笑えるほど似ている。

 

(編集長パイセン)

 

 この1年間で最もお世話になった方なので、感謝の気持ちも込めてパイセンから学んだことをまとめてみようと思う。私が下手な文章でヘタな内容を書けばパイセンの株も暴落するプレッシャーで既に吐きそう。

 

目次

0. パイセンとの出会い

1. 俺は上司ではなくパイセンやからな

2. このタイトルで誰が記事読むねん

3. お前の文章は漢字だらけで硬すぎる

4. お持ち帰りされたかったらシェリーを頼め

5. 文字起こしまとめみたいなお前の取材記事をちゃんとフーリエ変換しろ

6. 全部できんでええねん、そのための「チーム」やろ

 

 

0. パイセンとの出会い

 

「私、このままじゃライターとしてやばい」

 

そう思い始めたのは昨年の7月某日。朝キャバのお客さんとテキーラの飲み比べをして盛大にリバったトイレの中だった。

 

朝キャバの売り上げと朝キャバネタのブログ記事PVを伸ばす一方でライター収入や実力は一向に伸びた気がしなかった私は、どこかの会社に潜入して誰かに直接ライティングの指導をしてもらおうと考えた。

 

そして、Wantedlyで目ぼしい求人を貪っていて発見したのがこの記事だった。

 

www.wantedly.com

 

スマ活(※現在はLIFE SCOPE)は60万人の就活生全員が、周りに流されず自分なりにキャリアを築くように意識づけること。読んだ人を動かすことができる記事を増やしていきましょう。

 

「人の心と足を動かす文章を書きたい」と息巻いていた当時の私はこの言葉に心がドキドキそわそわした。

 

ライターとして応募しているのに、プロフィールがスカスカな人も少なくありません。情報がなさすぎて、何も判断できません。「まずは会って、話してみて見極めてください」っていうポジションじゃないですよね?

 

プロフィールがスカスカだった私は急いで全項目を埋めた。そして「はっ!まんまと行動させられた!」と素直に感動し、この記事を書いた方に「私もこの記事みたいに人の心と足を動かす文章を書きたいです!!」とエモいメールを送って応募した。

 

面談担当が、その求人文章を書いた編集長パイセンだった。

 

闇をかかえた(以下略)な見た目で驚くほど早口、書く仕事を始めてから7年、理系出身で非常に論理的、理詰めで人を潰せるタイプ、散らかった情報を綺麗にまとめるのが得意、ライティング以外にも作詞作曲や動画制作などもこなすモノづくりのオールラウンダー。全体的に私と正反対な印象を受けた。早口が唯一の共通点だった。

 

この人とやっていけるだろうかと不安になりつつ、無事に採用された。後々理解したが、一緒に記事をつくる上で、この「正反対」が非常に重要だったらしい。

 

 

 

1. 俺は上司ではなくパイセンだからな

 

 

入社直後に投稿したこのつぶやきを見たパイセンは「俺は上司様じゃない」と私に言った。じゃあ誰ですかと突っかかったら「ちょっとだけ経験の長いパイセンや」と言われた。その日から編集長パイセンは編集長パイセンになった。

 

パイセンの中にある想いは「良いモノ・面白いモノをつくりたい」ただそれのみだった。よって良いモノづくりを阻害する全ての要因を排除したいとよくよく語っていたパイセンは、「上司・部下という面白くない上下関係(パイセン主観)」を早々に排除した。

 

わたしの特性を知ってか知らずか分からないが、これは非常にありがたかった。「1年間は文句を言わず上司の言うことに従え」という英才教育を施す会社であっさり心を病んで2か月で退職した私は「上司・部下」の関係性にトラウマしかなかったからである。

 

敬語は崩さなかったが、パイセンとは非常にフランクに話せた。私の生意気な意見も文句も聞いてくれて、対等な目線で議論し合える環境をつくってくれた。

 

 

2. このタイトルで誰が記事読むねん

 

 

『「あの頃のゲーム」を超える「これからのゲーム」は僕らがつくる。開発のプロと全国の熱いゲーマーが集うハッカソン開催』

 

これは、私が入社後に初めて書いたハッカソンPR記事である。そしてこのタイトルは、パイセンと隣に並んでチャットワークで2時間アイデアを飛ばし合いながら作成した。

 

「どんなタイトルが正解かは俺にも分からん。ただお前がつけたタイトルでは誰も読まへんのは分かる」

 

私が提出した初稿のタイトル【ゲーム好きな学生向けハッカソン開催】を見たパイセンは苦言を呈した。戸惑った。それまでタイトルの重要性を意識したことがなかった。(ライターとして致命的なやつ)

 

イデアをぶつけながら完成したタイトルを見て「これならペルソナに刺さるし情熱を感じる」と言ってくれた。それまでペルソナの意味を知らなかった。(勉強不足すぎて恥なやつ)

 

そのときからタイトルづけの意識が変わった。読んでほしいターゲット像と記事のメッセージを明確にして、SEO記事であればキーワードも組み入れつつ、短く明文化するよう心がけた。

 

 

3.  お前の文章は漢字だらけで硬すぎる

 

 

 

前章の「苦言を呈した」は、ブログならともかく就活メディアに載せる記事だったら「注意された」とパイセンに変更されたかもしれない。

 

「お前の記事は漢字が多すぎやし変に難しい言葉使おうとするから硬すぎる。南無妙法蓮華経みたいに漢字続きになっても気にならん感覚はおかしい」

 

図星だった。漢字を多用して難しい言葉を使ったほうが頭良さそうやしなって思って文章書いてた。(エゴとバカ丸出し)

 

私のくだらない虚栄心はさておき「読者が読みやすいかどうか、読者にどんな印象を与えたいかをきちんと考えろ。それに合わせて表記や単語を使い分けろ」とのアドバイスだった。

 

 

4. お持ち帰りされたかったらシェリーを頼め

 

真崎「パイセン」

パイ「ん」

 

真崎「最近何回かデートしてる人おるんですよ」

パイ「真崎もついにか」

 

真崎「いつもバー行くんですよ」

パイ「おお、その後なんかあるんか?」

真崎「ないっす。午前2時頃に解散っす」

 

パイ「お前それはアカンやろ。お持ち帰りされたかったらシェリーを頼め

 

真崎「なにそれ」

パイ「相手が分かる奴やったら"今日はOK"って伝わるから、次のデートで試してみろ」

真崎「いや、いいっす」

 

 

5. 文字起こしまとめみたいなお前の取材記事をちゃんとフーリエ変換しろ

 

 

 

「お前、この記事でなにが言いたいの?」と、インタビュー記事の初稿を見たパイセンにこの言葉を何度も突き付けられた。

 

「~~な理由ってタイトルやけど、その理由を30秒以内に答えろ」と、タイトルと内容が噛み合っていなかったときに詰められた。

 

「お前、結局聞いたこと時系列にまとめてるだけやんけ」言い返せずに小声でサーセンと謝った。

 

インタビュー記事をまとめるのが病的に下手で詰められっぱなしだった私に、パイセンはいつも「ちゃんとフーリエ変換しろ」と言ってきた。フーリエ変換とは、実変数の複素または実数値函数を別の同種の函数に写す変換である(wikipediaを棒読み)。

 

 

ここでパイセンが言うフーリエ変換は「で、要はなにが言いたい記事なの?」ということである。

 

 

インタビューは情報がとっ散らかる。

その中から、最初に核となるメッセージを決めろ。

その核をもとに背骨を通せ(=筋が通るよう全体の構成を考える)。

あとは必要な情報で肉付けしろ。

 

見切り発車で記事を書き始めて迷子になってしまう悪癖のあった私は、パイセン流の「フーリエ変換的」記事作成方法を今も愚直に守っている。

 

そして内心「やたら理系用語を多用しよって」と毒づいている。(ほかにも因数分解量子力学の話があったが面倒くさいので割愛)

 

  

6. 全部できんでええねん、そのための「チーム」やろ

 

 

 

真崎「パイセン」

パイ「ん」

 

真崎「この前、別の編集者さんとこで原稿書いて提出したら、めっちゃ赤入れ丁寧にしてくださって、血文字みたいになった原稿返していただいたんですよ」

パイ「うわーその編集さんの気持ち分かるわー真崎の原稿ツッコミどころ直しどころ多すぎやからなー俺も大変やからなー」

真崎「サーセン」

パイ「日本語くらい正しく使ってほしいわー」

真崎「サーセン」

 

 

真崎「パイセン」

パイ「ん」

 

真崎「私もっといろんなこと出来るようならなアカンなーってちょっと焦ったんですよね。良い企画出すのもキレイな構成も上手なタイトルづけも影響力持って拡散するのもデータ解析とかも」

パイ「……」

 

真崎「じゃないとライターとしてアウトな気する」 

パイ「俺はそうは思わんなあ」

 

 

('ω')

 

 

パイ「正しい日本語で文章書くのは大前提な。で、もちろんなんでも出来たほうがええし、ライターにはそれが求められてるかもしれん」

真崎「ウス」

パイ「でも、俺は求めん」

真崎「ほ」

 

パイ「お前がなんでも出来るライターなら、俺らがチーム組む意味ないやんって俺は思うけどな」

真崎「チーム?」

 

パイ「俺は、情報整理とか構成、ペルソナに合わせた見せ方を考えるのが得意で」

真崎「ウス」

 

パイ「お前は俺が得意なやつが苦手や」

真崎「ウス」

パイ「特に整理整頓が下手」

真崎「ウス」

パイ「部屋汚いやろ」

真崎「ウス」

 

 

パイ「ただ、たまに特大ホームラン打つやろ」

真崎「ホームラン?」

 

 

パイ「お前の強みは、人を惹きつける文章を書けるところ。共感の波を起こしたり、あとは単純におもろかったりな。職人よりタレントっぽい」

真崎「ウス」

パイ「俺は裏方に徹する職人派」

真崎「ウス」

 

パイ「お前の情熱は人に届く。だから、お前は書きたいと思った記事を情熱込めて書いて、俺はその記事がより届きやすくなるように整理してタイトルも考え直す」

真崎「ウス」

 

 

パイ「俺がフォローできるから、お前は空振り三振を恐れんと特大ホームラン狙って毎回おもいっきり振り切れ」

 

 

 

お互いの想いや情熱は共有して、モノづくりの過程で出てくる苦手なことは得意なチームメイトに補ってもらって、一緒にええモノつくったらいい。

 

 

パイ「そのためのチームやろ」

 

真崎「ウス」 

 

 

 

 

言うのも憚られるほどのド基礎から、パイセンには本当に多くのことを教わった。6つでは収まらないほど教わった。

 

当時や今も先輩ライターさんや編集さんの指導を仰いで鍛えてもらっているので、すべての成長がパイセンのおかげな訳ではもちろんない。

 

 

でもパイセンは、ライターとしてくすぶっていた私に、すごく大切なことを教えてくれた。

 

 

それは、「誰かと一緒にするモノづくりはとても楽しい」だった。

 

 

 

感謝してもし尽くせない。

 

今はもう会社を辞め、パイセンと一緒に仕事はしていない。ただまたいつか一緒に記事づくりが出来たら嬉しいなと思っている。

 

 

 

そんなパイセンが、ライター・ディレクターの求人出していました。

 

 

www.wantedly.com

 

 

何卒。(宣伝)

 

真崎

 

 

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「書くことが好きだから」と、ブロガーの私がライターになって1年間で感じたこと

 

  

 

わたしやわ。 

 

あと「書くのが好きだからライターになりたいですって言ってる奴は例えば昔書いていたmixiの日記が知人にちょっと人気だっただけで文章書くのが得意だと勘違いして、ライターになってから"なんか違う"ってつまづく」みたいなつぶやきも過去どこかで拝見したけど、その分かりやすい具体例がもろ私です。

 

冷や汗かきつつ「書くことが大好きで大学時代から書いていたmixi日記や細々更新していたアメブロ日記が身近な友人に好評だったので調子にのってライターになった女」の1年や今感じていることを書こうかと思います。

 

この記事では「ブロガー=自分のブログ(=自分の言葉を発信できるweb媒体)を持ち、好きなことを書いて発信している人」とします。そうすると、私は1年前に調子のってライターになったブロガーです。

 

「ブロガー=イケハヤさんみたいな人=ブログを書くことで収入を得て生計を立てている人」というイメージを持つ人もいるかもしれませんが、私のブログ収入は0円です。余談まで。

 

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目次 

・ライターになって得た3つの喜び

・ライターの「書く」と、ブロガーの「書く」の、圧倒的感覚差

・今後(沖縄生活)について

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ライターになって得た3つの喜び

 

 

「なんか違う」

 

つまづいたのは、ライターを始めてから2か月目のことでした。早。

 

ライターになる直前に書いたブログ記事が偶然バズりました。ライターになったばかりの昨年4月、そのバズ記事を「実績」だと勘違いしながら興味のあった会社にノコノコ出向いてメディア担当者さんに面談させてもらったところ

「たとえバズっても読者がたくさんいても個人ブログは実績はならないよ。ここで書きたいなら、クライアントに報酬をもらい相手の意向に沿って文章を書く商業ライティングの経験をしっかり積んできてね」

 

 と言われたので、それから半年ほどコツコツ商業ライティングを頑張りました。

 

未経験OK案件をたくさん受けて、スポーツ・美容・健康・アプリ紹介など、いろんな分野に手を出して日々記事を量産していました。

 

その一方で副業だった朝キャバでの出来事や日々の雑感を時々ブログに書きました。ライターとして書いた記事とブログ記事をぽんぽんとSNSに投稿していました。ブログのほうが圧倒的に良い反応をもらえました。

 

商業記事を見て「なんか真崎っぽくない文章だね」と友達から指摘を受け「いやいや、私の個性や主張は求められてないからさ」みたいなことを当時は言っていました。

 

ただただ必死でした。

当時のモチベーションは「焦燥感」でした。

 

あの頃ライターとして私が感じていたポジティブな感情と言えば、納期までにきちんと記事を収めることができた安心感、たまに記事を褒められたときの嬉しさ、お給料が振り込まれたときのありがたみ、この3つだったと思います。

 

 

その後、私がもっと違った部分で「ライターとしての楽しさ」を感じられるようになったのは、以下3つの転機のおかげでした。

 

 

1つ目は、「Plus-handicap」で記事を書き始めたことです。

 

ここで得たのは「自分の情熱に合致する記事を発信できること」でした。

 

「生きづらさ」は私にとってどんぴしゃの関心分野でした。不登校・キャリア教育・発達障害摂食障害・自殺など、あらゆる生きづらさに焦点をあてた取材記事やコラムを書いては「誰かが死ぬ前に届け」と思って発信していました。

 

 

 

2つ目は、渋谷のITベンチャー企業・Giveryで内勤ライターとして採用してもらったことです。

 

ここで得たのは「誰かと一緒にモノ作りをする楽しさ」でした。

 

こちらでは、就活メディアでコラムや内定者・社員インタビュー記事を書いていました。この1年で最もお世話になった編集長パイセン(見た目は闇を抱えたビジュアル系ミュージシャン風)と毎日顔を合わせて企画を考え、書いた記事を目の前で編集してもらい、私もあーだこーだと口出ししながら記事を作り上げることは本当に楽しかったです。

 

 

 

3つ目は、WEB制作会社の㈱LIG主催の記事作成ハッカソンで最優秀賞を取ったのがきっかけで、仕事依頼、特に取材・インタビュー記事の執筆依頼が増えたことです。

 

ここで得たのは、「人の話を聴けるワクワク感」でした。

 

この1年でざっと60名くらいの各種皆さまにお話を伺いました。知りたがりで好奇心旺盛、他者の価値観や人生に興味津々の私にとっては、インタビュイーのお話を聴けることはワクワクの連続でした。取材後はいつも興奮気味に「絶対いい記事書こう」と熱くなっていました。

 

 

3つの転機でライターの仕事に楽しさを見出しせた私は、それなりに充実した日々を送ることができていたと思います。

 

 

ライターの「書く」と、ブロガーの「書く」の、圧倒的感覚差

 

 

私は、「書くことが好き」だからライターになりました。

好きを仕事にしたくてライターになりました。 

 

 

そして、ライターになって得た喜びは

 

「自分の情熱に合致する記事を発信できること」

「誰かと一緒にモノ作りをする楽しさ」

「人の話を聴けるワクワク感」

 

 でした。

 

 

「書くことが好き」を理由に始めたライターの仕事で、私は「書くこと」を楽しんでいませんでした。

 

 

気付いたときは、わりと衝撃を受けました。

でも納得感はありました。

 

 

 

 

ライターの仕事をしている中で、個人的にいま一番大変だと感じるのは「記事を書くこと」です。

 

ライターさんによって記事作成スピードは様々ですが、私の場合、最近は取材記事1本で早くても6時間、進むのが遅ければ12時間を超えることもあります。文字起こし抜きで、です。

 

取材からどの部分を拾ってどう構成してどんな言葉で始めてつなげて締めようか。文字起こし原稿を何度も読み返して手元の紙にあれこれメモして必死に脳内整頓。

 

やりがいはものすごくあります。

ただただ、すごく大変って話です。

 

 

 

で、差の話です。

 

 

書く前・書いている時・書いた後。

「書く」を時系列に分けて考えます。

 

ライターとして記事を書くとき、楽しいのは「書く前」で、嬉しいのは「書いた後」、「書いている時」は生みの苦しみでウオーンてなります。

 

ブロガーとして記事を書くとき、圧倒的に楽しいのが「書いている時」です。苦しいなんて感じたことはないです。

 

ブログを書く私は大義名分を持ち合わせておらず、「好きだし書きたいから書く」というシンプルな動機で言葉を紡ぎ出す作業は快感でしかないです。

 

 

好きじゃなかったからライター辞めますって話じゃないです。

 

ライターの仕事は好きです。

ただ書くことはしんどいです。

 

「(ブログで好きなことを)書くことが好き」と「(ライターで請けた仕事の記事を)書くことが好き」を同種だと勘違いしてしまうと私は苦しくなってしまったので、自分はそれぞれどこに楽しさを感じているのか自覚しとけって自戒です。

 

そのうえで、自分がどう日々を過ごしたいのか。どう生きていきたいのか。自分の心に嘘をつかずに向き合えって自らに突き付けている感じです。

 

 

今後(沖縄生活)について

 

 

6月から沖縄に住みます。

 

沖縄でもライターをするつもりです。

 

筆力のなさで誤解を招いたかもしれませんが、総じてライターの仕事は好きで、情熱も持っています。書くのは大変だけど、いいものつくるために気張っています。

 

よかったらお声がけください。沖縄・九州あたりの取材とか、もしやらせてもらえるなら是非振っていただきたいです。

 

 

あとは、東京での生活よりも、気持ちのんびり暮らすつもりです。

 

自分の心にある「好き」「楽しい」にもっと従って、たぶんもうちょっと自分の文章を書く時間を増やすと思います。もうちょいブロガー感出している気がします。

 

空いた時間はキレイな海の見えるカフェに行って、オープンテラスで太陽の光と爽やかな風を浴びながら自分の書きたいことを思う存分書く、みたいな日々を過ごして自己陶酔している予定なので、暇な人は遊びにきてください。

 

 

真崎

 

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お医者さんはメニエール病だなんて言うけれど

 

誤診を疑いながらあの日のことを書きますね。

 

3月30日深夜3時。

 

飲み会で強めのビールを2杯あおって帰宅、夜中1時から始めた文字起こしを終えてそのまま布団の中に入った私は疲労と酔いに任せて即落ちする予定だった。

 

 

「……なにこれ」

 

 

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なにこれ、なんてキレイ……

 

じゃなくてなにこれすっげー気持ち悪い。静止しているはずの景色が寝転んだ瞬間いきなり左回転。ぐるぐるバッド3時間くらいやり続けたら味わるんじゃないかなってレベルの激しいやつで脳内エレクトリカルパレード状態。気持ち悪くて寝返り打ったら5時間級にレベルアップで逃げ場なし。

 

あまりの気持ち悪さにのたうち回ること数分か数十分か数時間。気付けば無事眠りに落ちていたようでめでたしめでたし、本当の地獄は朝からでした。

 

 

朝8時。

 

ちゅんかちゅんかとスズメの鳴き声とともに爽やかに目覚めた私。この日は夕方に取材が1件、がんばるぞーなんて爽やかな気合いで身体を起こした瞬間エレクトリカルパレード再来。ひどいよミッキー。目に映るすべての景色と物体がねっとりと左回転して気持ち悪いのなんのって。

 

酔っ払いかなゾンビかなって足取りでフラフラと階段を上がってリビングに入ると私の顔を見た住人が「ちょ、顔真っ青やぞ」と驚き顔。「お、そっちは顔オッサンやぞ」なんて返しにもキレはなし。

 

「どうしたん?」

「なんか昨日の夜から目眩がすごい」

 

「どんな感じ?」

「景色がずっと左回転してる」

 

「二日酔いちゃう?白湯飲みや」

「そうする」

 

ぬるめのお湯をコクコクと飲んで一息。

ふぅ。

 

 

 

トイレにダッシュ

 

便壺を覗き込むようにかがんだ瞬間に口から清流。

いよいよやばそう。

 

出すだけ出してリビングに戻り、低めのソファにゴロンと寝転がったらやっぱり天井がぐるぐる回って気持ち悪い。寝転がるのが一番しんどそうなので、燃え尽きた矢吹ジョーばりのうなだれ感を漂わせながら座り込む。

 

「もしかしたら貧血じゃない?」

「それあるかもなあ」

「これ飲んでいいよ」

 

女子力高めな住人がベリーの鉄分たっぷり健康ジュースを分けてくれた。ありがたやーと濃い赤紫色のジュースをコクコクと飲み干す。

 

 

 

トイレにダッシュ。(デジャヴ)

 

これが本当のキャッチ&リリースってな具合にさっき入れたやつ全部出た。苦しさに涙をボロボロ流しながら振り絞る。でも出ても出ても胃腸あたりで消えないモヤモヤ感。腸炎にかかった人がよく「トイレと友達になった」なんて言ってるけど、こちとら便器とマブダチ。いろんな意味で汚い私をも全力で受け止めてくれる包容力にしばし身を預けた。

 

フラフラとリビングに戻って考える。

今日、取材だいじょうぶ……?

 

 

あるのは眩暈と吐き気のみ。熱は全然なかったので朝の間に2つの症状をどうにかすれば間に合うかもしれない。念のため担当者の方にご連絡を入れておき、取材のために準備開始。

 

「しゃべったら気持ち悪いねんけどさ」

「うん、それヤバない?」

「慣れたら大丈夫やろ、練習させて」

 

オッサン顔の同居人を捕まえて話す練習。

 

「今日仕事ないん?」

「今日は休み」

 

「仕事楽しい?」

「おーめっちゃええ感じやで」

 

「なぁ」

「ん?」

 

「気持ち悪い」

「おれ?」

 

ごめん違う、と言えずにトイレへダッシュ

ごめん、違うからな。 

 

取材の途中に気持ち悪くなったらどうしよう。最悪な状態を回避するため今のうちにすべてを出し切る決意。人差し指と中指をノドの奥まで突っ込んで号泣しながら便器と向き合う。すべては取材のため。かつてないほどに意識高い嘔吐。

 

もう絶対出し切って胃の中からっぽのはず。でも出るの。これぞ0→1。トイレん中で完全にイノベーション起きてんの。

 

一向に症状が改善されないので、改めて担当者の方にお電話でご相談。ありがたい&申し訳ないことに、私が行かなくてもいいように調整してくださりました。ご迷惑をおかけして不甲斐ない。

 

 

さて。

 

「これほんまなんなんやろ」

「二日酔いなら吐いて治ってんで」

「うん、たぶん二日酔いじゃないと思う」

「病院行ったら?」

 

病院にきた。

お医者さまと対峙。

 

「眩暈がするの?」

「はい」

「ここまでひとりで来れた?」

「はい、歩いているときが一番ラクなので」

「え」

「え」

「寝転ぶよりも?」

「寝転ぶのが一番しんどいんです」

「え」

「え」

 

眼球の動きを簡単にチェック。

ボールペンの動きを追えって言われて目の前で縦横無尽に動かされるペンをオエッてなりながら目で追う。ふむぅとお医者さん。

 

ついでにCTスキャン。異常なし。

 

ついでに点滴。

私の腕に針をさす看護師さん。

 

ラクに寝ていてくれていいですよー」

「寝転ぶのが一番しんどいんです」

「え」

「え」

 

ベッドの上で矢吹ジョーになること1時間。クラクラ感は若干残りつつも、朝昼に比べるとだいぶ景色が静止画モードに戻った。超ラクー。

 

そして診断。

 

「軽いメニエール病ですねー」

「メニエール?(ティッシュみたい)」

若い女性がなりやすいんですよー。疲労やストレス、不規則な生活が原因ですねー」

「(覚えしかない)」

「お薬出すので眩暈がしたら飲んでねー」

 

眩暈に毛が生えたくらいのもんだと思っていたところ、周りの各種皆さまから「えええええええええええええええええ」と予想外の反応。

 

メニエールなら無理しないほうがいい。

仕事はいいからとにかく休んだほうがいいよ。

遊んでストレス発散するといいよ。

うちのお母さんもなってたよ。

なかなか治らないらしいよ。

ストレス感じたらまた眩暈出るよ。

漢方薬がいいらしいよ。

エトセトラエトセトラエトセトラ。

 

たいへーん。

 

ということで、お言葉に甘えて1か月ほど全力で安静にしていた。時々仕事しつつも基本的には精神的に不健康なことしないようにした。

 

あの強い眩暈は発症した翌日以降まだ出ていない。そして私たぶんメニエールじゃなくねって思っている。そもそも眩暈は耳鼻科にかかるのが常識らしいのに私がかかったの内科でして。耳鼻科行くにはもう症状が収まりすぎていまして。

 

でもそのかわり風邪やら皮膚の感染症やら謎の顔面腫れ上がりやら軽く体調不良フィーバー起こしてた。

 

無理なんかしてた覚えはないけど、こんだけ重なるのは身体がなんかしらサイン出してんなーってことで、とりあえず6月から沖縄に住むことにしました。その話はまた後日。

 

真崎

 

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「不登校でもイイじゃん」な元上司が教えてくれたこと

 

 

前職で吐くほどお世話になった上司・阿部さんが本を出版されました。

 

「不登校」は天才の卵

「不登校」は天才の卵

 

 

 

阿部さんの出版記念イベントにて。

 

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左にいるのは、以前私のブログでも勝手に紹介したシンガーソングライターの風見穏香。鼻から手が生えるこのポーズは彼女がファンに強要してくるやつです。

 

そして右が阿部さん。

本物はこんなに半目でもへの字口でもなくもうちょいイケメンなはず。他の写真だと私が半目もしくは静止ポーズなのにブレているので許してツカーサイ。

 

まともな阿部さん。

 

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「この本を私のブログで好き勝手に宣伝してもいいですか?」と阿部さんに伺ってOKをいただけたので好き勝手書きます。

 

書きたい理由はひとつ。

お世話になった阿部さんの力になりたいから

 

なんて見え見えの建前は無視して本音の理由を言うなら不登校の子・その親御さん・不登校経験者・ひいては不登校と関係なくても社会や組織に適応し切れず苦しんでいる方の心を軽くしてくれる本だと勝手に確信しているから」です。

 

そう思えるのは、不登校経験者でも親でもない私の原体験が大きいです。私が阿部さんのもとで働く前の人生で一番死にたかった2か月間、ずっと阿部さんの不登校ブログを読んで励まされて生きていました。 

 

不登校生・親御さん向けのブログなんですけどね。わたし会社で「不登校生以上に不登校生」とか意味不明なレッテル貼られていたのでね。阿部さんブログが響いた理由がそこだと超複雑ですけどね。

 

 

 

Googleで「社会不適応」と検索してくるトップに出てくる私のブログ。かつては社会不適応者が社会適応できるよう支援する会社(勤続2か月)にいたのにギャップ萌え。社会不適応やら不登校やら人生つらいやら死にたいやらな方々に届けーと思いながら、自分なりに阿部さんの文章をゴリ押ししてみます。本は今から読むのでレビューは後日です。

 

褒め褒め上げ上げしすぎて阿部さんが逆に胡散くさい聖人君子ワナビーみたいに思われるのは避けたいので、私から見た阿部さん像を一言付け加えておきます。「わりとひねくれたおっさん」です。

 

 

では本題へ。

 

「誰かの味方=誰かの敵」ではないと教えてくれました

 

オトナの言うことなんて、けっこう矛盾ばっかりです。

 

「なんでもイイから夢中になれるものを見つけて欲しいわ」なんて言いながら、子供がゲームに夢中だと「ウチの子はゲーム依存だ」って嘆く。

 

ならばと、今度は夢中でマンガを描いたりすると「どうせ夢中になるなら、もっとマシなことしなさい」なんてお説教が始まる。

   

            -『矛盾をなくす』(2011/10/04)

 

読み始めから「確かにー!」と惹きつけられた記事です。親になったことのない私は子供目線でこのブログ冒頭の文章に強く共感しました。 ほんとオトナったら嫌んなっちゃう。

 

ということで、この記事のオチは「オトナの言うことなんてどうせ矛盾してるし全部正しいわけじゃないんだから都合よく無視して良し」

 

 

には、まあならんわけです。

 

「なんでもイイから夢中になれるものを見つけて欲しい」というのは保護者としての本心でしょうし、「ゲームに夢中じゃ困る」というのも本心ですよね。

 

どうしても矛盾します。

 

「完璧な親」を目指すのであれば「なんでもイイ、と口にした以上、なにをやっても、どんなことに夢中になっても認めてあげる」か、もしくは「ゲームやマンガを除いたマシなものに夢中になって欲しい」と伝えるか。

 

ちょっとややこしいですが、そんな感じにすれば、矛盾はなくなり、子供も反論できず、より「完璧な親」に近づくことができるでしょう。

 

で。

 

果たして「矛盾のない、完璧な親」というのは、そんなにイイものなのでしょうか。

 

 

確かに。(あっさり寝返る)

 

「うちの母ちゃんは言うことが矛盾せず反論の余地もなく完璧なんだぜ、なんて自慢する子はいません、ってか自慢にも何にもならないです」の言葉には笑ったのですが、「むしろ矛盾しているくらいが、ちょうどイイんです」というこのブログのメッセージは、子供と親、双方の救済になり得ます。

 

 

不登校支援業界にいていろんな支援者と関わった所感ですが、「子供が不登校になるのは親が悪い、だから親が変わらなければいけない」と考える人は結構いる気がします。

 

学生時代や不登校支援を始めて間もない頃は私も思っていました。「子供の味方でいたい」という気持ちの裏には「だから親を敵にすることも辞さない」みたいな思いが多分ありました。

 

2か月で辞めた不登校支援の会社では組織の代表が「毒親」という言葉を公で使うぐらい、とにかく親への当たりがキツかったです。別の支援機関で「親のあなたが悪い」とボロカス言われてボロボロになった方も見ました。

 

 

私から見た阿部さんは

まずなにより「子供の味方」でいます。

 

だけど、親を敵にはしないです。

むしろ、やっぱり味方です。

 

だから阿部さんの文章は、敵味方なく親子ともども肩の力を抜かせちゃう感じです。それって結構すごいことだと私は思っています。

 

 

与えるべきは「気休め」ではなく「情報」だと教えてくれました

 

第6章 学校に行かない7つの選択肢

選択肢1 家にいる

選択肢2 通信教育・家庭教師

選択肢3 フリースクール

選択肢4 学習塾

選択肢5 転校

選択肢6 留学

選択肢7 カウンセリング

 

 -『「不登校」は天才の卵』目次より

 

阿部さんのもとで不登校支援を始めたとき、最初に学んだことはカウンセリング云々ではなく「情報武装」、もっと言えば「最新で正確な情報をできる限りたくさん掴んでおくこと」でした。

 

全国のフリースクールや支援機関などをまとめたサイトは、まず古いものが多いです。電話をかけたら「おかけになった電話は……」なんてことも往々にしてありました。あとは「まとめただけなのでその機関の質に責任は負いません」なサイトもあるので何を信用していいか判断するのは難しいです。

 

 

この本では、最新情報かつ電話調査をもとにして選んだ良心的な機関を選んで掲載しているみたいです。

 

これって吐血レベルでものっそい価値があります。

 

それぐらい、本当に情報って大切です。

 

 

以下は私が働いていた頃の情報ですが

 

例えば、中学の出席日数ゼロで内申書が真っ白でも手続きすれば公立高校を受験できる制度が神奈川県にはありました。

 

例えば、HPには「受験時には通知表の提出が必要」と書かれている私立高校に電話をかけてみると「うちでは出席日数や内申点を重視します」という学校もあれば「参考程度に提出はしてもらいますが合否の基準は当日のテストが9割です」という学校もありました。(東京・神奈川すべての私立高校に電話して確認していました)

 

例えば、中学受験でも通知表の提出はありますが、合否は当日のテストと、面接でどれだけ今後のことを話せるかで判断するという学校がありました。

 

これらの情報が「不登校だった私が進学できる学校なんてない」と絶望する生徒、あるいはその親御さんの希望になったことが何度もありました。

 

 

カウンセリングが必要なケース(私はしません)やその他の処置が必要な場合もちろんありましたが、状況が好転するきっかけとして情報提供はとても有効でした。

 

「つらいのは今だけですよ」

不登校でも大丈夫ですよ」

 

そんな声かけが相手の心を軽くする場合もありますが、気休めをもらっただけではきっとまたすぐに不安になります。「なにが大丈夫やねん(憤慨・困惑・恐怖)」てなります。

 

それよりも

「今からだとこんな選択肢がありますよ」

「こんな進路を歩んだ人もいますよ」

と、きちんと選択肢や事実を伝えることの大切さを阿部さんから学びました。ライターになってからも結構役立っているスタンスです。

 

 

と、こんな感じで。

 

不登校関係の本や支援は良質・悪質ひっくるめていろいろありますが、身内の贔屓目を抜きにしても阿部さんの支援スタンス・文章は本当にオススメできます。

 

少なくとも「不登校でイイじゃん」な上司でなければ、私は1年半も働き続けられなかったと思います。その言葉をかけられる人は絶対必要です。

 

不登校関係(当事者・経験者・当事者の家族・支援者)にはもちろんですが、仕事で病んでいた私の心にも響いたので、良ければ生きることに疲れた系の人も読んでみてください。そうじゃない方も遠慮なく。

 

「不登校」は天才の卵

「不登校」は天才の卵

 

 

購入はぜひ「Amazon<書店」で。

 

真崎

 

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「逃げずに頑張るのが正解」な空気は即刻地球外に排出されてしまえばいい

 

 

周りの人たちが病んでいる。

理由は仕事。

 

 

踏ん張れ逃げるなと言う人や意見が間違っているとは別に思っていない。踏ん張って逃げなかった先に道を拓く人もいるかもしれない。表情から生気と希望が失せた友人の話を聞いていても「あなたのこれからを思ってあなたの為に」この言葉をかけている上司や同僚の皆さまの情や思いやりは感じる。

 

 

危惧することはふたつ。

 

選択肢が「逃げずに頑張る」ただ一択

あるいは「逃げずに頑張る」か「死ぬ」かの二択になることである。

 

 

大げさな話ではなく、仕事がつらいけど辞めることもできず(会社が辞めさせてくれない・辞めた後の生活や世間の評価を考えると怖い等)八方ふさがりで自死を選択した人たちが身近にいる。

 

自分の命と心よりも大切な仕事や会社などこの世にあるはずもあっていいはずもない。とても悲しくてやる瀬ないからこの記事を書いている。

 

 

辞めることが絶対正しいとは思っていない。ただ「逃げる」という選択肢を知ってほしい。逃げた先が暗闇とは限らないことを知ってほしい。その上で、世間・他者の目に対する不安や恐れからではなく自分の素直な心の声を動機に未来を選択してほしい。 

 

そんなことを願いながら書く。

 

 

 

 

 

友人の言葉を聞いて「確かに」と納得した。

 

2か月で病んで辞めた会社に勤めていた時は私も「心が不感になればもっと楽に働けるのに」と思っていた。悲しい苦しい辞めたい死にたい、そんな自分の心の声にすら「なんで自分のことしか考えられないんだろう」と罪悪感が湧いて、心さえ亡くせばもっと仕事に集中できて人の為に働けると思っていた。

 

なんとかって名前の有名な精神薬を飲めば服薬中は感情を殺せると聞いていた。感情が亡くなればもっと働きやすく、もっと生きやすくなるかもしれないと思った。今思えばそんなことを考えてしまう精神状態はとても不健全なのだけど、とにかくあの時あの瞬間だけでも楽になりたかった。

 

自分がどれだけ駄目な人間で今すぐ自分を変える努力をしなければいけないか。そんなお達しを日々受けながら、最終的には泣きながら「変わりたくない」と上司に伝えて辞めた。引継ぎ期間に上司がポロっとこぼした「あなたは仕事を投げ出して逃げる」という言葉に、最後まで感じることを止められなかった私の心はヒリヒリした。

 

 

悩み落ち込んで退職を考えているときに「このまま辞めてもあなたの為にならない」などと言われる人もいるが、そこに関しては一部だけ私も同感。ネガティブな理由による退職は確実に私の心に嫌な後遺症を残した。世間知らずで生真面目な優等生ほどそのダメージは多分でかいのではと思う。

 

「自分がつらいからって我慢も努力も継続もできずに逃げた私はなんてダメ人間なんだろう。こんな私は今後社会で必要とされないのではないか」

 

退職による不都合な出来事がなにひとつ起きたわけでもない段階から、私は勝手に自分を責めて積極的に自信と居場所を失くすことを選んでいた。

 

 

 

 

あれから2年半。

 

「辞める=逃げる」とするならばあれから更に2回逃げて一部友人からのあだ名が「不適合」になりつつも、病んで泣いて死を想ったあの頃に比べてすこぶる元気に生きている私。後遺症はきれいに完治したしどうにかなるよアレ。

 

気分屋で衝動性が高く好奇心旺盛で飽き性、やりたいことが週単位で変わってしまう上にやりたくないことだと途端に動けなくなって苦しくなる諸々欠陥人間な自分をかつては責めることしかできなかったけど、今はそんな自分に合った生き方・働き方をウロウロしながら見つけようと思っている。

 

「逃げて逃げて人様に迷惑かけまくっているお前は何様だー」なんて声が聞こえると言い返す言葉もないしただただサーセンなんだけど、逃げないなら逃げないで病むと仕事しなくなるので更に迷惑かけた気しかしない。どう転んでも迷惑な存在な私、代わりと言っては恐縮だけど「逃げずに頑張るのが正解」の生ける反例にはギリなれると思っている。

 

 

要は、ちょっと開き直っている。

 

もちろんあれから何度も悩んで立ち止まった。もともと悩みやすいので精神状態の振れ幅は今もある。だけど、逃げて逃げて環境を変えてたくさんの人と出会い話す中で、少しずつ自分の思考に変化が起きた結果この状態にたどり着いたのだと思う。

 

思考が変化できた要因はたぶん以下。

 

 

1. 周りに逃げた人がいっぱいいた

 

3年以内に退職した人を早期離職者として、20代の早期離職者たちに取材をする仕事を請け負った私。さっそくSNSで早期離職者の募集をかけてみたところまあ引くほど応募きたわマジかよ友人各位。

 

もちろん退職理由も十人十色。キャリアアップや夢の実現のために辞めた人もいれば、仕事内容が合わなかったり人間関係で心を壊したりした人もいる。

 

そして退職後の生活も千差万別。転職に成功して楽しく働いている人、独立して野望燃やしている人、とりあえずバイトしながら食いつないでいる人、バイトしながら好きなことしている人、旅に出た人、ブロガーになった人、実家に帰って療養している人、資格の勉強をして専門的な仕事に就く人など。会社辞めてウルトラハッピー状態に誰もがなっているわけではないけど、それは会社に残っても同じことが言える。

 

思えば、これだけいろんな人に囲まれていたから「自分が思っているよりも生き方や働き方は多様なのかもしれない」と視野を拡げられた気がする。

 

 

 

2. ちょっと悟ってる人と話した 

 

なんか悟ってる人がいて、その人と「逃げる」に関して話したことがあった。

 

子曰く「今生きていることといつか死ぬこと以外は全部不確実だから、正解みたいな顔して「逃げるな」「逃げたら終わり」「逃げ癖つくぞ」とドヤってる人の言ってることなんか全然正解じゃない。その人に相手の未来は分からないし、自分がどうなろうが他人は責任を負ってくれない。どんな立場であろうと他人の言葉を鵜呑みにしないほうがいい」

 

子曰く「無理して頑張っている人ほど「自分はこれだけ無理して頑張っているのになんでお前は頑張らずに弱音吐いてんだ」って人にも無理して頑張ることを強要する。本当にその人が望んでやっていることならそうならない。自己犠牲の精神でやっている人は他者を巻き込んで傷つける」

 

子曰く「本当に自分のこと考えている人もいるだろうけど、自分の人事評価を下げないために止めてくる人もいる。そんな人の言葉で消耗しなくていい」

 

(内容は違うけど似たようなことをつぶやいている方がいました)

 

 

このとき浮かんだのは、病んで辞めた会社で浴びていた罵声。当時は上司や代表の言う言葉だから全部正しいし受け止めなきゃと思い込んでいた。でも悟ってる人のおかげで「あ、別にあれ全部正しいわけじゃなかったやつや」と思えて楽になった。

 

仕事ができないからバツ

すぐ退職したからバツ

何度も退職したからバツ

成果残す前に辞めるなんてバツ

 

会社の中ではそうやってあらゆる自分にバツをつけていたけど、それも会社や社会の枠の中で勝手に抱いた思い込みだった。会社を辞めていろんな人と会う中で、そのバツを自分で取り除けるようになった。

 

 

 

あ、2つで終わった。

でも、うん、そんな感じ。

 

感情的な語りで希望だけ見せるのは反則だと思うので「とはいえ辞め方や辞めた後の生活が不安で……」とか諸々の懸念がある人は法律とか転職に詳しい人に相談してみてください。私は弁護士さんとキャリアカウンセラーさんに社会保障について相談していました。よければ私が信頼できる人を紹介します。

 

 

「逃げずに頑張るのが正解」だと言われて信じてそのまま働き続けて頑張るのも一手。状況が好転することもあり得る。私も一度あった。

 

ただ「逃げるな頑張れって言われたから」と会社や上司に自分の苦しみの責任を押し付けながら病みを抱えて会社に残り続ける、あるいは自死を考える精神状態なら、たぶん退職したほうがいい。特に後者の人はお願いだから生きてほしい。

 

 

「逃げずに頑張るのが正解」ではない。

 

仕事で自分を壊さないでほしい。

 

 

 

そんな話です。

 

辞めてもいいと思うよ。

 

 

真崎

 

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人生を輝かせる3つのキーワード「感謝・誠実・たけし」について

 

目次

・たけしありがとう

・感謝なんて

・誠実さのおかげで

・感謝すごい

・たけしありがとう

 

たけしありがとう

 

まずは、たけしについて。

 

彼氏ですか? いいえ友達です。 

それ以上でも以下でもない、ただのたけしです。

 

大学時代からの友人であるたけしは、現在ライフプランナーとして某外資系保険会社で働いている。入社から2年間1日も休まず全国を飛び回って人と会い「『月に2件契約を取れたら御の字』みたいな保険営業の世界で『毎週3件の契約獲得を100週間継続』という超偉業を達成した」という彼の逸話は過去にブログでも紹介している。

 

ライティングにも営業にも使える「状況設定力」というスキル ~宮川大輔の話はなぜすべらないのか~ - 真崎ですよ

 

過去ブログでは名前を出していないが、「ライティングにも営業にも使える『状況設定力』というスキル」を教えてくれたのが、たけし。

 

会うたびに前髪が後退している気がすること、コテコテの関西人で私に対するボケのフリが友人の中でも随一めんどくさいこと以外は文句の付けようもない、ただのウルトラハイスペック他者貢献男子で、昔から純粋に尊敬している人物のひとりである。

 

とりあえず、「たけし(前髪後退)」だけ頭に入れていただいた上で続きをどうぞ。 

 

感謝なんて

 

 

「あなたには感謝の気持ちが足りない」

 

2年間で3社を転々とした会社員時代の中でも、ある時期に何度も言われていたこの台詞。聞くたびに自責の念に駆られると見せかけて心の奥底では正直最もウンザリしていた言葉がこちら。

 

この言葉をいただくときに指摘されるのは「私は諸々の仕事でいっぱいいっぱいになっている」「そんな私に周りの人はとっても協力してくれている」「私は自分に必死で周りの配慮に気付けていない」「周りも忙しい中サポートしてくれているし自分だけが忙しいみたいな顔するな」「本来ならもっと感謝の気持ちを伝えて行動でも返すべき」「そんなんじゃ周りから人が離れる」など。

 

誰かになにかしてもらったとき素直に感謝の気持ちを伝えてきたつもりだった。本当にありがたいと思っていた。だけど私には「感謝の気持ちが足りない」らしく、「もっと感謝しろ感謝を伝えろ感謝を行動で示せ」と逐一言われていた結果、私の中で「感謝=タスク」になった。「感謝しろ」と言われる度に心が閉じて、「ありがとうございます」というありがたい響きの無機質な音を口から垂れ流していたのがこの時期。「感謝を他人に強要することは暴力」が当時の経験から得た教訓。

 

心が荒むと景色は荒む。

最も荒んだのは、みんな大好きfacebookのタイムライン。

 

もうどんだけーってぐらい日々感謝。エビデイエビナイエビウェア感謝。仕事で失敗したことや人間関係のトラブルがあったことまで投稿の最後には感謝感謝感謝。いやいや嘘つけーって都度ツッコむ私。文字の裏側から溢れるエネルギーは「悲しみ」や「怒り」なのになんで「感謝」なんて綺麗な言葉で感情コーティングするの変だよ気持ち悪いよなにこの感謝至上主義な雰囲気ーって眉間にシワ寄せながらスマホスクロールしてたんだから不健康。

 

ある界隈で人気のあった方のセミナーに行くと、そこでも感謝の大切さについてのお話。その方は、日々の「ありがとう」の回数を首から下げたカウンターで数える取り組みをされており、どこかのタイミングで、空気も含めてこの世のすべてに感謝できるようになったらしい。インスパイアされた参加者はカウンターを買って「ありがとうを数えること」に挑戦していた。私はしなかった。その人は好きだったけど感謝のくだりはまったく腑に落ちなかった。

 

フリーランス安藤美冬さんの本には「ホテルにこもって5万回『ありがとう』を言った」というエピソード。「ありがとう」を5万回言えば人生変わる、その教えを素直に実践された安藤さん。すごい。だけど、やらない私。

 

人に言われて、あるいは世間の「感謝が大事」な雰囲気にのっかって「感謝」や「ありがとう」を言うことがとにかく嫌だった。別に自分が自然と感謝したいタイミングで言えばいい。言いたいから言う、煽られたら萎える。それは「ありがとう」も「バルス」も同じこと。

 

こんなひねくれた思考により、確かに私はなにかに対して感謝することは少なかったかもしれないなと今になって思う。

 

 

誠実さのおかげで

 

 

2015年、大晦日

京都の実家に帰った私は、学生時代からの仲間の皆さんと大阪に集まり、2015年の振り返りなどを行った。そこにたけしはいた。

 

たけしが話し出すと、みんなの意識がたけしにグッと集中する。「たけしの面白い話が聞ける」「たけしのタメになる話が聞ける」という期待から、聞き手の姿勢をググッと前のめりにしてしまう。そんな存在感。

 

このときたけしは、一冊の本を紹介してくれた。 

 

ザ・マジック

ザ・マジック

 

 

た「この本は、簡単に言えばめっちゃ感謝する本」

 

出たな感謝。

身構える私。

 

「『引き寄せの法則』がもっと簡単に、もっと分かりやすく。あなたの人生が変わる28日間の魔法のレッスン」な本書を開けば、そこに出てくるのは「28日間の『感謝実習』」である。

 

いかに感謝が大切で、感謝が人生を豊かにして、感謝が多くの幸福をもたらしてくれるのかが本書で熱弁され、感謝の重要性が頭に刷り込まれる。その上で読者は本書から提示される「感謝の課題」を実践することを求められる。

 

1日目は「朝一番に、自分が人生で感謝できるもの10項目のリストをつくる」、2日目は「『魔法の小石』を用意して、夜寝る前に小石を握りしめながら『今日の最高の出来事』を思い出して、ありがとうを言う」といった具合に課題は毎日出題され、28日間ですべての課題が終了する。

 

Amazonレビューの評価も高い。

コメントもすごい。

 

「偶然とは思えない奇跡が起きました。収入が倍以上になったり、あり得ない臨時収入が1度に50万円あったりと、金銭面での変化が大きかったです」

 

「この本に書いてあることを数日実践したところ、信じられないような願いが叶いました。片思い成就です」

 

「お金も不思議と回るようになってきました。家族との関係もよくなってきました」

 

「理想通りのパートナーと出会い再婚しました。住みたかった街に転居し、収入が4倍に。時間に追われる生活から一転し、愛するパートナーとすべてに余裕のある生活で、素晴らしいもの価値観あるものに意識がシフトし、現実がどんどん良い方へ変化しています」

 

「絶対読んでください」

 

絶対読みたくない

と、普段なら確実に思うところである。

 

なにこれとっても胡散臭い。

「これを1分間つけているだけで腹筋運動300回分の効果があるんだぜジョディ」「すごいわアレック!」「毎日つけて生活するだけで2週間もすれば引き締まったボディラインを手に入れられるんだぜジョディ」「すごいわアレック!」「今なら脂肪をバーンしてくれるスペシャルなボディクリームもついてくるぜジョディ」「すごいわアレック!」みたいな、深夜に外人がやってるコント顔負けのテレビショッピングを観てるときの、あの気持ち。

 

学生時代のキラキラ感の反動で「アンチ自己啓発」を発病していた私。「ザ・マジック」の説明なんか読んだら、本来なら興味を持つどころか「ああああああ」と全力で本から逃げるところである。

 

 

でも、今回は違った。

「お、じゃあやろう」と素直に思った。

 

理由を考えた。

簡単だった。

たけしが紹介してくれたからだ。

 

お世辞や建前、大げさな話ではなく、私はたけしほど信頼と人望に厚い人物を見たことがない。本当に。

 

学生時代にそれほど仲良くなったたけしとフリーランスになってから初めてふたりで会ったとき「保険の営業かけられたらどうしよう」な猜疑心も正直あった。たけしの話ではないが「かつての友人にBtoC商材の営業をかけられて悲しかった」という声を四方から聞いていたからである。

 

結局、たけしが私に保険の話をしたことは一度もない。

私の近況を聞いて、困っていることを聞いて助言してくれて、人と繋げてくれた。「力になれることがあったらなんでも言って」は口約束ではなく、求めたら力を貸してくれる。しかもわりと迅速に。しかもわりと誰に対しても。

 

本人も無理に頑張っている様子は見せず、気持ちよく人のために自分の時間と力を使ってくれるので、素直に頼ることができ、素直に尊敬も感謝もできる。

とにかく引くぐらい誠実(失礼)な男である。

 

 

そんなたけしが「良い」と言うのだから

きっと「良い」に違いない。

 

非常に単純な話。

卑屈さこじらせていた私が、中でも抵抗感の強かった「感謝」の実践にすんなり取り組もうと思えたのは、すべてたけしの誠実さ、そこに対する絶大な信頼のおかげであった。

 

感謝すごい

 

 

そして現在私は「28日間の感謝実習中」である。

ひとりじゃ続く気がしなかったので、シェアハウスの住人を巻き込んで5人で挑戦しているところ。「感謝アレルギー」だった私が、書かれている内容を妙に疑ることなく、ここまでは素直に吸収・実践できている。

 

その結果、Amazonのコメント欄も引くレベルで申し上げるといやまじで感謝すげえわ今まで悪かったほんとごめんありがとう。

 

早い段階からいろいろ起きた。

具体的には、仕事・恋愛・経済面・SNSやブログに関することで、いいことがドドドドドドッと起きた。急に仕事が増えた。思わぬ嬉しい依頼がきた。臨時収入が入った。デートのお誘いが増えた(驚愕)など。いろいろ急に変わった。びっくりするくらい一気にきた。なにこれ怖い。「なにこれ怖い」って何度も言った。

 

課題のため毎朝「感謝している10項目リスト」を作成しているのだけど、それだけでも非常に気分が良い。もしかしたら今まで見逃していたことに気付けるようになっただけかもしれないけど、嬉しい出来事が増えてとりあえず幸せな感じがする。

 

「感謝をしたいと思ったときにすればいい」と思ったけど、それ自体間違いとは一切思わないけど、意識的に「感謝をしよう」と思わなければ見落とす感謝が世に溢れていた。いわゆる「当たり前」と思い込んでいるやつ。

 

そこに感謝が生まれると、ロジックは上手く説明できないけど、なんだか平穏な精神状態になる。これは本当。「空気に感謝」の意味は分かった。

 

ザ・マジック

ザ・マジック

 

 

感謝。

おすすめ。

 

って、私がすすめても

たけしのような誠実さがね。どうもね。

よーし誠実になるぞー。

 

 

たけしありがとう

 

 

ということで

たけし、ありがとう、ありがとう、ありがとう。

※3回言うのがポイントらしい(ザ・マジック)

 

たけしは常々「人と家族ぐるみでずっと付き合っていきたい」と言っている。ライフプランナーという仕事をしているのも、お金や保険・その他もろもろのサービスを通して、多くの家族を長期的にサポートし続けられるから。

 

たけ「大学時代からの女友達が去年結婚して、旦那さんも紹介してもらってんねんな。今は夫婦のサポートをさせてもらっていて、お金とか悩みの相談を聞いたりしてる。で、彼女最近出産してんけど、落ち着いたらすぐ連絡くれてめっちゃ嬉しかってん。結婚・出産とか、人生の中の大切な時に俺が何かサポートさせてもらえて、その家族とは俺が考えていためっちゃ理想な関係を築かせてもらってる。そんな風に関われる人をもっと増やしたいかな」

 

お金のプロフェッショナルで、保険以外にも結婚資金から携帯代まであらゆるお金の相談にのってくれて「節約したお金を家族のために使ってほしい」と恥ずかしげもなく言うやつ。さっき電話したら「真崎の携帯代めっちゃ下がる方法あるからあとでシェアする」とのこと。今から仕事らしいけど早く終えてシェアしてほしい(自分本位)。

 

特に対象を絞ることもなく、別に保険の営業をするわけでもまったくなく「人生かけて家族ぐるみで付き合っていける・サポートしていける人」と出会うため、今日も全国飛び回っている。今は名古屋。

 

ということで。

もしたけしに会ってみたい方やお金や生活の悩みがある方がいたら私つなぎますので連絡ください。会うのおすすめでしかないです。私はフリーランスになったとき税金の相談のってもらっています。変な営業かけてくるとか高額なツボ売られるとか絶対ないって断言できるし知識と善意の塊みたいなやつです(ただし前髪は後退)。

 

いろいろ書いたけど

つまりは「たけしありがとう」な記事でした。

 

真崎 

 

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フリーライターになって10か月。「私フリーランス向いてない」と思った理由

 

 

 

「あれ、今日わたし呼吸しかしてなくない?」みたいな日がフリーランスになってからの10か月間で幾日かあった。今日もそうなりそうだった。朝7時に目覚ましをセットしたはずなのに私の意識が覚醒したのは11時。ちょっとiPhoneサボってない?スヌーズサボってない?私が起きるまでタントンテントン鳴らすべきじゃない?

 

で、気付けば13時。

時空飛び越えた。

今晩20時から予定があったので、かろうじて重い腰を上げることができた私はいま恵比寿のスタバにいる。パソコンと電源とwifiがあればどこでも仕事ができる。フリーランスだぜーノマドワーカーだぜー私の仕事はここからだぜーウェイウェイなんて気持ちはコーヒーと同様瞬時に冷めた。今週末締め切りの原稿をゆったり仕上げるはずだった私はよしもとばななの小説をゆったり読んだ。読了。ちょっと寝た。起きた。

 

フリーランス向いていない」

Twitterに冗談半分で書いたその言葉が何故かこのタイミングで私を揺さぶってきた。

 

 

そういえばなんでフリーランスになったんだっけ? 

 

この10か月どうやって生きてきたっけ? 

そもそも私本当に生きているっけ?

実は死んでたとかないっけ?(よしもとばななの世界観から抜け出せない)

 

そんな考えが頭をぐるぐるし始めたのでブログを書くことにした。フリーランスになった理由と「向いていない」に反応した理由。たぶんオチは「フリーライターになってよかったー」とか書いている気がするけど。それにしても、やっぱり文章書いていると落ち着くね。

 

 

「正社員じゃないとこの世の中食っていけない」

1年前の自分は確かにそう思っていたわけで、何度か会社を辞めようと上司に相談したときも結局「でも正社員じゃなくなるのが怖い」とかほざいて最終的には会社に縋り付いていた。暗くて不景気で言いたいことも言えないこんな世の中で「正社員」のカードをみすみす捨てるなんて自殺行為。

 

そんな価値観はある日の晩、簡単に崩壊した。

 

ダンスのインストラクターだった同居人に「ダンス教えて」と頼んで、その日の晩に私はシェアハウスで踊り狂った。踊って踊って笑って笑って楽しくて楽しくて幸福感に包まれた私は会社を辞めることにした。

 

私が何をすれば嬉しくて楽しくて幸せなのか、私の身体とこころはちゃんと知っていた。

踊ることと書くことが無条件に大好きなんて小学生のときから知っていた。正社員のカードを失くすことではなく自分のこころに嘘をついて生きることのほうが私にとっては自殺行為だった。そんなことに踊り狂ってから気付いた。2日後上司に思ったことをそのまま告げて退職希望の旨を伝え、1か月後にフリーライターとなった。そしてたまに踊った。

 

 

「好きなことをすることが幸せだ」とともに「2年間で3社辞めている私はおそらく組織不適合だ」という仮説の豪華2本立てにより、私はフリーライターという働き方を選んで仮説検証を開始した。間違っていたらまた仮説を立てて別の道を歩んでみよう、なんて思えるこころの余裕ができていた。

 

ただ、「フリーランス」って言葉はなんか嫌だった。

「私は自分のやりたいことをして自由に生きていますよフフン」というドヤ感が貼り付いているようで、実際私も「会社を辞めて自分のやりたいことを仕事にしているなんて真崎すごいねー」なんて何度も言われた。違う。そんなにキレイでもカッコいいものでも本当にない。

 

フリーランスという言葉に懐疑的だった私の目に飛び込んでくるのは、フリーランス個人事業主のドヤってる文章で、私はなんだかイライラしていた。なぜこの人種はわざわざ会社員を見下すのか、なぜ自分の働き方をいちいち正当化して誇示してくるのかとイライラしていた。イライラをそのまま文章にしたりした。

 

 

今はそんなイライラはなくなっている。

 

あれはなんだったんだろう。

私も大人になりました。(今年27歳)

 

 

ライターになった私は、あらゆる場所で「ライターになったので仕事ください」と言い回った。どこに行っても言った。

世は大ウェブメディア時代。「とりあえず文章を書いてくれるライター」のニーズはたくさんあったので、いただいた仕事の話は全部受けた。1記事1000~5000円の原稿を日々せかせかと書きながら、生計を立てるために朝キャバで働いた。キャバクラ収入のほうが多かったけど、ライターとして自分が書いた文章でお金をもらえたことはすごく誇らしかった。

 

そんな感じでしばらく生きた。

 

 

フリーランスに向いていない」に反応した理由を考えたら3つ浮かんだので書いてみる。

 

1つ目の理由は、人恋しさ。

取材や打ち合わせがなければ基本的にはひとりで作業をしている。オシャレなカフェで好きな音楽を聴きながら自分のペースで仕事、なんて響きはカッコイイけど私には寂しいだけだったのですぐ飽きた。シェアハウスに住んでいなければ孤独に負けて男に依存する生活をしていたと思う。嘘です。

 

で、内勤でライターができる会社に入った。

バイト。

 

 

バイトは今も続けさせてもらっている。

会社に行けば好きな人たちに会える。チームで話しながら仕事ができる。そんな嬉しさはフリーランス生活たった4か月でも随分ご無沙汰に感じられた。いろんなバランスが会社のおかげで整った。

 

 

2つ目の理由は、管理能力のなさ。

フリーランスは、年金や健康保険のお金を自分で手続きして納めなければいけない。あんな面倒くさい作業を一身に請け負ってくれていた会社ってなんと偉大なんだ。

 

私の管理能力のなさは会社員時代もしょっちゅう指摘されていたこと。1つやれば1つ忘れる、やることが増えると頭がパンクして真っ白になる、「え、ここミスる?」ってとこでミスる。書いているだけでため息が。

 

直近で私を脅かすのは言うまでもなく「確定申告」である。「とりあえず領収書を切りまくれ」と友人に言われて切りまくった領収書がいま私の部屋でもっさーて積み重なってる。チリツモ。

 

で、これどうすんのーて。

 

ちゃんと勉強しようと思ってホームページで調べるわけなんだけど「えー確定申告は源泉徴収された地金や予定納税で納めた税金の過不足を精算する手続きでーえっとー青色?白色?なにこの色分け?てか還付申告ってなに?えーと申告のための書類作成と提出はーなんかよく分からんしとりあえず『進撃の巨人』読も」みたいな流れを日々繰り返してエレンも毎日巨人化してる。

 

会社に守られていてもミス多数だった私が個人でこんな複雑な手続きをこなすなんて母親発狂。知らん間に脱税してたって展開はナシでって言われている。娘は頑張るよ。

 

 

 

そして、3つ目の理由。

 

フリーランスをやっていて一番つらかったこと。

それは「お世話になっている人からの信頼を失った瞬間の絶望感」だった。

 

 

各原稿には提出の締め切りがある。ライターになった当初、ある会社で言われたことは「ライターさんに必要なスキルは、クオリティの高い原稿を提出することよりも、まず締め切りを必ず守ること」と言われた。だからそれだけは気を付けようと決めた。

 

決めたわりには、駄目だった。

最初に自分のキャパを考えずに仕事をガンガン入れて朝キャバもして~と過ごしていたら思ったより余裕がなく日々締め切りに追われることになった。締め切りを守れなかったことも今まで何度かあった。怒られた。謝った。反省した。

 

ありがたいことに、締め切りを破ったことで縁が切れた仕事はなかったけど、少なくとも信頼の量は減る。「縁が切れないのは相手の厚意と運。甘えるな」はっきり言われている。承知しました。

 

 

めちゃくちゃお世話になっている人の仕事から請けた期限が守れず「正直がっかりしました」と連絡がきたときは、胃が締め付けられて吐きそうになった。

 

その方が私の熱意と真っ直ぐさに賭けてくれていたのは伝わっていた。それをあっさり裏切ってしまった。あちらの失望感がメールの文面からありありと溢れていた。とんでもないことをしてしまったと蒼白になった。

 

震える手でその方に電話をかけて震える声で謝った。メールで伝わってきた失望感は電話からは伝わらず、その方は怒っていたけど同時に心配してくれていた。「頑張っているのは知っているから、無理なら無理ってちゃんと言ってくれればいい」と。ありがたさと申し訳なさでえぐえぐと泣きながら、私はもう一度だけチャンスをもらえた。

 

あれは夏前の出来事だったけど

いま思い出しても心臓がバクバクする。

 

誠実であること、人との約束を守ることは、簡単なようでどうしてこうも難しいのだろうと、人からの信頼をひとつ失くすたびに自問自答して自己嫌悪に陥る。

 

フリーランスは、会社にいた時以上に「私」が試される感覚がある。会社にいたとき以上に「『私』が仕事を任されているんだ」と強く感じる。相手の期待も失望もダイレクトに私へと届く。感情の振れ幅が大きい私は、その度に激しく喜び、激しく落ち込む。

 

 

 

 

フリーランスに向いていない」

そう感じた理由を3つ書いてみた。

もはや理由になっていないけど書いてみた。

 

逆に言えば、それ以外はわりと「フリーライターになって良かった」と感じることばかりだった。

 

昨日、お世話になっている編集さんと電話でお話して「今年も真崎といっしょに面白いものをつくりたいです!!」と言われたとき、感動して泣きそうになった。トイレで。「私も一緒にいいものつくりたいです!!」と大きな声で返した。トイレで。

 

こんなどこのすね毛かも分からない私を、立派なライターとして育ててくれようと真剣に向き合ってくれる編集さんたちがいる。一緒に仕事をしようと言ってくれるキラキラビジネスパーソンな皆さまがいる。それが本当に嬉しくてありがたくて、すくすく伸びたい私がいる。

 

1989年9月11日生まれは組織不適合の宿命を背負っているらしいのでフリーランスを選んだのもきっと正解。誕生日には抗えない。諦念しか出てこない。

 

なにより、書くことは楽しい。

それは私の中の私が「間違いないわ」つって未だに明言してるからきっとそう。

 

 

結論、私フリーライター向いている。

 

私がそう思うからきっと向いている。

予想通りでしかないオチに関西人ならどん引き。

なにより私が引いてる。

 

 

とりあえず、引き続きライターがんばります。

ぜひお仕事ください(初心忘れず)。

 

真崎

 

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