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真崎ですよ

ライターの真崎です。2016年6月より池袋→沖縄に移住しました。

私、文章書かないんじゃなくて書けないんです。

 

っていうタイトルの下書きが出てきた。

 

日付は2016年6月25日。

沖縄にきてからちょうど3週間になる頃。

 

移住前に東京で観ていた『私、結婚できないんじゃなくてしないんです』というドラマにかけたタイトルなのだろうけど、残念、ネタがもう古い。

 

 

でも載せる。

 

平穏:刺激=7:3くらいの日々を過ごしていた今のタイミングで過去の自分に殴り掛かられた気分になったので、ちょっと編集して表に出すことにした。

 

以下ちぇけらう。

 

 

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新卒入社した会社を、2か月でクビになった。

 

 

社長の思想とやり方に納得行かず感情的に反発して最終的にはロクに仕事もしなくなり利益も出さず会社にとってただの負債人材になったので、まあ当然と言えば当然のこと。

 

と、当時それほど物分かりが良かったワケもなく。

1週間ほどわりと荒れた。

 

「荒れる」を辞書で引けば「[類]2013年5月の真崎」と出るんじゃないかってくらい模範的に荒れた。危うくダークサイドに落ちそうだったけど「みんなで真崎を支えよう」という周りの愛あるチームプレーによって無事引き戻された。

 

 

 

落ち着いてから気付いた。

 

すっげー、ヒマ。

 

 

会社都合の解雇の場合、宣告から2か月間は会社からお給料をいただける。何をせずともお金が入る状態になった私は、1か月間ほどマジで何もせず横浜の安アパートに引きこもった。荒れた反動からか、積極的に外出して人と会う気力がほぼゼロになっていた。

 

 

落ち着いてから、絶賛引きこもりだった私はしばらく毎日文章を書いた。

 

入社が決まってからクビを言い渡されるまでの数か月間で経験した社長や周りの人との関わりの中には、良くも悪くも、今までに出会ってこなかった感情や気付きが溢れていた。

 

それら全てを文章にしたくなった。記録や伝達などの目的はなく「書きたい」という衝動に従って文章を書いた。

 

 

求心力ってなんだ。

教育ってなんだ。

良心ってなんだ。

正義って、悪ってなんだ。

憎悪をエネルギーに生きるのはつらい。

感情も生き方も矛盾があってこそ人間っぽい。

人の語る「真理」や「本質」なんて所詮その人が正しいと思っているだけのイチ思想じゃないか。

 

 

頭を整理するように、タカタカと流れるように文字を打った。完成した文章は惜しみなく発信した。読んだ人から共感や肯定的な感想をもらえることが嬉しく、しばらくは夢中で文章を書いた。

 

 

 

文章を書くことにハマったのは大学時代。

 

当時大流行していたSNSmixi」で、大学生だった私は飽きもせず毎日毎日それなりに長い日記を書いて発信していた。

内容は日常の些細なこと。どんな小さな経験でも「これはこんな風に発信したら面白い」と思ってネタに変えて言語化した。身内にはとても好評で、嬉しかった。

 

 

「私は、書くことが好きなんだ」と思っていた。

 

 

文章を書いている時間が幸せだった。

引きこもり初期段階も無心で書いた。

 

「雇われている以上は給与以上の成果を挙げなければいけない」「でもこんな仕事はしたくない」と泣きながら葛藤し続けた2か月間の会社員生活を思い出した。

他者と衝突して傷つけ合う苦しさを思い出した。

 

 

また外に出て、

また人と関わって、

また会社に入って、

またこんな苦しさを味わうくらいなら。

 

誰にも傷つけられない安全な家の中で、

平和で心穏やかな時間を過ごしながら、

こうして毎日好きな文章を書いて生活する。

 

 

それが、私にとっての幸せなんじゃないのか。

 

とっても安直に、そう思った。

 

 

 

 

引きこもり開始から、数日後。

 

私は徹夜でドラマ『SPEC』シリーズを観ていた。

 

 

ドラマを2周観て、ドラマスペシャル『SPEC~翔~』を観て、映画『SPEC~天~』を観た。加瀬亮はかっこ良かった。

 

SPECシリーズをひと通り堪能した後は、ドラマ『ケイゾク』シリーズを徹夜で観た。SPECはケイゾクの続編ドラマなので順番が逆だったけど気にしない。どうあれ渡部篤郎はかっこ良かった。

 

SPECシリーズが終われば、今度はドラマ『リーガル・ハイ』徹夜観賞スタート。小美門弁護士なら、理詰めで人をマウントする前社長を論破してくれそうだな。なんて思いながら堺雅人に惚れた。

 

その後も『家族ゲーム』『夜行観覧車』など気になるドラマを全話観た。ドラマの次は、毎日むさぼるように映画を観た。

 

朝起きて、朝ごはんを食べて、映画を観て、映画を観て、散歩して、買い物をして、帰って、映画を観て、晩ご飯を食べて、映画を観て、お風呂に入って、映画を観て、寝た。

 

毎日4~5本は映画を観た。ただただ時間を埋めるように、次から次へと消費するように、とにかく映画を観続けた。

 

なんの映画を観たのか、正直半分も思い出せない。今でも思い出して胸がアツくなるのは『桐島、部活やめるってよ』くらい。

 

 

文章は、書いていなかった。

 

時間だけなら病むほどあった。毎朝文章を書こうと思ってブログ記事の作成画面を立ち上げていた。

画面を見つめ続けた。適当にキーを押した。押しては消した。諦めて画面を閉じて、また映画を観た。

 

 

「書いていなかった」じゃない。

 

「書けなかった」が正しい。

 

 

もっと厳密に言えば「書きたいことがなかったから、書く気も起きなかった」んだと思う。

 

 

 

あ、これ。

 

ちょっと悟った。

 

 

私は、刺激も危険も酸いも甘いも少ない平穏すぎる日常から文章を生み出せるほど、想像力も文才も、そして「それでも書く」という意欲もなかった。

 

 

「書きたい」という衝動の前には、必ず経験があった。

 

刺激的な経験をして、感情が動いて、その後にどうしようもないほど強く「書きたい」という衝動が発生して、夢中で言葉を紡ぐ。

 

超安全地帯にいる私に、文章は書けない。

書いても、魅力的になる気が一切しない。

 

 

書きたいなら、動け。

 

 

外に出て、人とふれあい、様々な経験を積み、何かに没頭し、何かに違和感を覚え、協力し、衝突し、喜び、悲しみ、怒り、歓喜し、絶望し、たくさんの感情に出会い、

 

そして、そのあと、やっと書け。

 

 

そう言われたような気がして、「まじかい」と軽く絶望した。

 

 

 

 

最近ブログ更新頻度が比較的多めなのは、たぶん沖縄に来たから。沖縄という初めての環境の中に、驚きと気付きが満ち溢れまくっているからである。

 

移住してきてたった3週間だが、笑顔弾けるスーパー嬉しい出来事から心打ち砕くウルトラファッキンエピソードまで、なんだかとっても日々いろいろ。

 

この場所で受ける刺激が、私の書く意欲を後押しする。ブログはもちろん、結果的に沖縄に来てからのほうがたくさん仕事の原稿を書いているけど、今のところ特に悩むことも追われることもなく捗っている気がする。

 

 

「書く」は私にとって、仕事であり、ライフワークであり、自己救済手段でもある。

 

軽く死にたくなるような経験も、「書く」においてのみ「軽く死にたくなったエピソード」としてプラスに昇華できる。

 

 

 

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ってところで、下書き終了。

 

たぶん締めの2~3文が思いつかなかったか、書いているうちに「あれ、これなんか違うわ」となったんだろう。そんな記事で溢れ返るわたしのお蔵。

 

 

約5か月ぶりにこの記事を読み返して「じゃあ書かなきゃいいことじゃん」とも思ったけど、やっぱりそれは違う。

 

書きたくなるほどの経験と文章がセットになってやっと「あーこれ。生きてるー」と感じるタイプなので、書きたい衝動が起きないときはたぶんヒマすぎてそのうち枯れる。

 

おかえりなさい旅の時間。結局、また行ってきます - まるで呼吸をするように、旅をしていた - g.o.a.t

 

夢に旅に恋愛に。

エモ要素がふんだんに詰め込まれた友人の記事。

いーなー。こういうの、いいなああ。

 

 

なんか、そういうの足りてない。 

 

自分がいる場所は関係ない。

どこにいたって、動かなければ退屈だ。

 

 

真崎

 

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