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真崎ですよ

ライターの真崎です。2016年6月より池袋→沖縄に移住しました。

3ヶ月間セブ島で働くことになった経緯ときもちを書くね

 

「あ、真崎さん。年内か年明けくらいにこの家引っ越して那覇あたりに住もうかと思います」

 

えー。

 

シェアハウスの家主から唐突な宣告。

彼の言葉はわたしの脳内で「ア、真崎サン。年内カ年明ケクライニアナタ住ム家ナクナルヨモケモケモケ」と瞬時に変換された。

 

翌日から、カフェに行っては「シェアハウス 住人募集」の掲示板をボーっと見あさる。仕事はしていない。

 

 

そう、仕事はしていない。

 

11月は自分でも驚くほど仕事を入れていなかった。体調精神不良ではなく「あれ?わたし最近仕事してなくない?」とある日突然気づいたパターン。自己管理と自律は変わらず苦手。来世はすっげーふてこいデブ猫になりたい。

 

さいわい10月までは頑張っていたのでわりと貯金はあった。1~2ヶ月くらい収入が減っても自分ひとりを養うくらいは問題ない。

 

 

よし、じゃあ仕事をせずのんびりしよう。

 

とも思ったけれど、仕事を入れず悠々自適にひとりでのんびり過ごす私の日々は「平穏」ではなく「退屈」になった。仕事で多忙な日々に心が死ぬことはあったけど、退屈な日々は私の生気をじわじわと奪うなんて初めて知った。どっちに転んでも穏やかなるスイサイド。

 

 

これは、なんか良くない。

家もなく仕事もしない未来が見える12月。

 

どうしようかな。

どうやって生きようかな。

 

 

 

 

真崎さん! 突然ですが、セブ島に移住とか興味ないですか?
 
 
 
 

えっ。

 

と声が出たと同時に「えっ」と返信。

お相手は東京時代にお世話になった編集者さん。どうもご無沙汰です。

 

 

セブ島に移住?

どゆこと?

 

「おれは、期間限定の移住体験企画みたいなものか、わりとガチ移住か、どういう感じのお話でしょうか??」

動揺につき返信メールの主語で誤字。

 

「2~3ヶ月くらいの移住になる」

その言葉のあとに本企画の詳細が続く。そして最後に「真崎さんなら移住とかいけそうかな?とか思い」で締め。移住ライターブランディング大成功。なお白目。

 

 

最初のメールが来てから詳細のやり取りまで、時間にしておよそ10分ほど。企画はなんとなく分かったけど、あちらでの生活などまるで想像がついていない。そのメールがきたのは11月14日。「出発は?」の質問に「早ければ12月いっぴから」のご回答。

 

 

返信は当然こうなった。

 

 

「どうしよう、行きたさしかない」

 

ほぼ即決。

 

 

なんでも無理くり因果で結び付けたくなる性癖につき「あ、12月に家も仕事もなくなるのはきっとこのためだったんだ」なんて納得に至っている。

 

未知の暮らしをして未知の文化にふれて未知の景色を見る。未知の想像は「退屈」なんてカンタンにぶっ壊した。最初のメールを見たときから多分9割方こころが決まっていた。こういうお話があるからフリーライターの仕事が好き。

 

 

そんなわけで、明日から3ヶ月ほどセブ島に行ってきます。朝起きられるか不安だったので那覇のネカフェでスタンバイなう。

 

真崎

 

 


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私、文章書かないんじゃなくて書けないんです。

 

っていうタイトルの下書きが出てきた。

 

日付は2016年6月25日。

沖縄にきてからちょうど3週間になる頃。

 

移住前に東京で観ていた『私、結婚できないんじゃなくてしないんです』というドラマにかけたタイトルなのだろうけど、残念、ネタがもう古い。

 

 

でも載せる。

 

平穏:刺激=7:3くらいの日々を過ごしていた今のタイミングで過去の自分に殴り掛かられた気分になったので、ちょっと編集して表に出すことにした。

 

以下ちぇけらう。

 

 

****************************

 

 

新卒入社した会社を、2か月でクビになった。

 

 

社長の思想とやり方に納得行かず感情的に反発して最終的にはロクに仕事もしなくなり利益も出さず会社にとってただの負債人材になったので、まあ当然と言えば当然のこと。

 

と、当時それほど物分かりが良かったワケもなく。

1週間ほどわりと荒れた。

 

「荒れる」を辞書で引けば「[類]2013年5月の真崎」と出るんじゃないかってくらい模範的に荒れた。危うくダークサイドに落ちそうだったけど「みんなで真崎を支えよう」という周りの愛あるチームプレーによって無事引き戻された。

 

 

 

落ち着いてから気付いた。

 

すっげー、ヒマ。

 

 

会社都合の解雇の場合、宣告から2か月間は会社からお給料をいただける。何をせずともお金が入る状態になった私は、1か月間ほどマジで何もせず横浜の安アパートに引きこもった。荒れた反動からか、積極的に外出して人と会う気力がほぼゼロになっていた。

 

 

落ち着いてから、絶賛引きこもりだった私はしばらく毎日文章を書いた。

 

入社が決まってからクビを言い渡されるまでの数か月間で経験した社長や周りの人との関わりの中には、良くも悪くも、今までに出会ってこなかった感情や気付きが溢れていた。

 

それら全てを文章にしたくなった。記録や伝達などの目的はなく「書きたい」という衝動に従って文章を書いた。

 

 

求心力ってなんだ。

教育ってなんだ。

良心ってなんだ。

正義って、悪ってなんだ。

憎悪をエネルギーに生きるのはつらい。

感情も生き方も矛盾があってこそ人間っぽい。

人の語る「真理」や「本質」なんて所詮その人が正しいと思っているだけのイチ思想じゃないか。

 

 

頭を整理するように、タカタカと流れるように文字を打った。完成した文章は惜しみなく発信した。読んだ人から共感や肯定的な感想をもらえることが嬉しく、しばらくは夢中で文章を書いた。

 

 

 

文章を書くことにハマったのは大学時代。

 

当時大流行していたSNSmixi」で、大学生だった私は飽きもせず毎日毎日それなりに長い日記を書いて発信していた。

内容は日常の些細なこと。どんな小さな経験でも「これはこんな風に発信したら面白い」と思ってネタに変えて言語化した。身内にはとても好評で、嬉しかった。

 

 

「私は、書くことが好きなんだ」と思っていた。

 

 

文章を書いている時間が幸せだった。

引きこもり初期段階も無心で書いた。

 

「雇われている以上は給与以上の成果を挙げなければいけない」「でもこんな仕事はしたくない」と泣きながら葛藤し続けた2か月間の会社員生活を思い出した。

他者と衝突して傷つけ合う苦しさを思い出した。

 

 

また外に出て、

また人と関わって、

また会社に入って、

またこんな苦しさを味わうくらいなら。

 

誰にも傷つけられない安全な家の中で、

平和で心穏やかな時間を過ごしながら、

こうして毎日好きな文章を書いて生活する。

 

 

それが、私にとっての幸せなんじゃないのか。

 

とっても安直に、そう思った。

 

 

 

 

引きこもり開始から、数日後。

 

私は徹夜でドラマ『SPEC』シリーズを観ていた。

 

 

ドラマを2周観て、ドラマスペシャル『SPEC~翔~』を観て、映画『SPEC~天~』を観た。加瀬亮はかっこ良かった。

 

SPECシリーズをひと通り堪能した後は、ドラマ『ケイゾク』シリーズを徹夜で観た。SPECはケイゾクの続編ドラマなので順番が逆だったけど気にしない。どうあれ渡部篤郎はかっこ良かった。

 

SPECシリーズが終われば、今度はドラマ『リーガル・ハイ』徹夜観賞スタート。小美門弁護士なら、理詰めで人をマウントする前社長を論破してくれそうだな。なんて思いながら堺雅人に惚れた。

 

その後も『家族ゲーム』『夜行観覧車』など気になるドラマを全話観た。ドラマの次は、毎日むさぼるように映画を観た。

 

朝起きて、朝ごはんを食べて、映画を観て、映画を観て、散歩して、買い物をして、帰って、映画を観て、晩ご飯を食べて、映画を観て、お風呂に入って、映画を観て、寝た。

 

毎日4~5本は映画を観た。ただただ時間を埋めるように、次から次へと消費するように、とにかく映画を観続けた。

 

なんの映画を観たのか、正直半分も思い出せない。今でも思い出して胸がアツくなるのは『桐島、部活やめるってよ』くらい。

 

 

文章は、書いていなかった。

 

時間だけなら病むほどあった。毎朝文章を書こうと思ってブログ記事の作成画面を立ち上げていた。

画面を見つめ続けた。適当にキーを押した。押しては消した。諦めて画面を閉じて、また映画を観た。

 

 

「書いていなかった」じゃない。

 

「書けなかった」が正しい。

 

 

もっと厳密に言えば「書きたいことがなかったから、書く気も起きなかった」んだと思う。

 

 

 

あ、これ。

 

ちょっと悟った。

 

 

私は、刺激も危険も酸いも甘いも少ない平穏すぎる日常から文章を生み出せるほど、想像力も文才も、そして「それでも書く」という意欲もなかった。

 

 

「書きたい」という衝動の前には、必ず経験があった。

 

刺激的な経験をして、感情が動いて、その後にどうしようもないほど強く「書きたい」という衝動が発生して、夢中で言葉を紡ぐ。

 

超安全地帯にいる私に、文章は書けない。

書いても、魅力的になる気が一切しない。

 

 

書きたいなら、動け。

 

 

外に出て、人とふれあい、様々な経験を積み、何かに没頭し、何かに違和感を覚え、協力し、衝突し、喜び、悲しみ、怒り、歓喜し、絶望し、たくさんの感情に出会い、

 

そして、そのあと、やっと書け。

 

 

そう言われたような気がして、「まじかい」と軽く絶望した。

 

 

 

 

最近ブログ更新頻度が比較的多めなのは、たぶん沖縄に来たから。沖縄という初めての環境の中に、驚きと気付きが満ち溢れまくっているからである。

 

移住してきてたった3週間だが、笑顔弾けるスーパー嬉しい出来事から心打ち砕くウルトラファッキンエピソードまで、なんだかとっても日々いろいろ。

 

この場所で受ける刺激が、私の書く意欲を後押しする。ブログはもちろん、結果的に沖縄に来てからのほうがたくさん仕事の原稿を書いているけど、今のところ特に悩むことも追われることもなく捗っている気がする。

 

 

「書く」は私にとって、仕事であり、ライフワークであり、自己救済手段でもある。

 

軽く死にたくなるような経験も、「書く」においてのみ「軽く死にたくなったエピソード」としてプラスに昇華できる。

 

 

 

**********************************

 

 

ってところで、下書き終了。

 

たぶん締めの2~3文が思いつかなかったか、書いているうちに「あれ、これなんか違うわ」となったんだろう。そんな記事で溢れ返るわたしのお蔵。

 

 

約5か月ぶりにこの記事を読み返して「じゃあ書かなきゃいいことじゃん」とも思ったけど、やっぱりそれは違う。

 

書きたくなるほどの経験と文章がセットになってやっと「あーこれ。生きてるー」と感じるタイプなので、書きたい衝動が起きないときはたぶんヒマすぎてそのうち枯れる。

 

おかえりなさい旅の時間。結局、また行ってきます - まるで呼吸をするように、旅をしていた - g.o.a.t

 

夢に旅に恋愛に。

エモ要素がふんだんに詰め込まれた友人の記事。

いーなー。こういうの、いいなああ。

 

 

なんか、そういうの足りてない。 

 

自分がいる場所は関係ない。

どこにいたって、動かなければ退屈だ。

 

 

真崎

 

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東京には戻らない。東京には戻れない。

 

 

 

そんなことがあったよ。

 

今住んでいるシェアハウスの家主に突然「あ、このシェアハウス年内か年明けくらいに那覇豊見城あたりに引っ越そうと思います」と告げられ絶句。

まだ4ヵ月ー。やっと安定期入ったとこー。

 

ボランティアで週3は沖縄市に行くため、那覇豊見城だとちょいと不便。急いで次の住居を探さなければ。 

 

いそいそと沖縄シェアハウスの住人募集を探し始める。そんなときに、東京にいるライター佐々木ののかからこんな連絡がきた。

 

「最高の物件が見つかった。これリアルな勧誘なんだけどさ、東京でシェアハウスしませんか、まじで」

 

まじか。

 

 

あまりにドンピシャなタイミング。「これはもしかして天が私に"東京帰れ"って言ってる? え、そういう感じ?」なんて思った。

 

移住前に「沖縄には永住するの?どのくらい住むの?」と耳からバナナが出るほど聞かれていて、その度に「1ヵ月~一生」と伝えていた。沖縄移住するなんて去年は微塵も想定していない。自分の衝動がいつどのように疼くのか自分でも予測不能なので、どの場所にどのくらいって質問にカッチリした返答をするなんて嘘つきと泥棒の始まりです。

 

沖縄が嫌なんて感情はなく、むしろ最近は「あ、今とてもいいな」と感じている。沖縄という環境、ここで繋がった人、仕事、すべてが自分にうまくフィットしていくような心地のいい感覚。

 

一方で「だから沖縄に永住します」というつもりも相変わらずなく、もし何かしらのタイミングと自分の衝動が重なったら私はきっと動く。

 

newspicks.com

 

土地への愛着を生むものは、「人」だ。

 

会いたい人がいるから

一緒にいたい人がいるから

大好きな人たちがいるから

 

私にとって、その場所が大切になるんだ 

 

 

エモーい。

 

自身のエッセイに書いたこの文章は、私が沖縄移住して得た1番大きな気付き。

 

人が居場所になるなら、親しい友人が多く住む東京は間違いなく私のホーム。中でも関係性の深い佐々木ののかと愉快な仲間たちで一緒に住めるなら、きっと家での暮らしは今よりずっと楽しくなる気がする。

 

 

さらに、東京でシェアメイトになる予定の女性が私に聞く。

 

「真崎さん、高円寺在住の独身イケメン社会不適合男子はすきかな」

 

すきです。

 

 

本気で迷った。

沖縄か、東京か。

 

「まだ沖縄に来たばかりだから」

「勢いよく東京出ちゃったから」

 

なんて言い訳がましい断り文句は一旦ナシ、フラットな気持ちでこの選択と向き合うことにした。

 

 

 

私の迷いに「東京と沖縄で2拠点生活すればいいじゃん」とアドバイスしてくださる方々もいたので考えた。その結果「いや2拠点はないな」と思った。

私の性格上、仮に東京に拠点を持ったらもう沖縄にはほぼ来ない気がする。あるいは「いちおう2拠点生活やってるしな…」って惰性でしぶしぶ移動を重ねる未来が見える。

 

 

私の周りは、ぶっちゃけ「東京推し」が多かった。

 

東京に住む友人はもちろん、Twitterで絡んでくれるフォロワーさんたちからも東京へ戻ることをわりと勧められた。

 

「今後のキャリアを考えれば東京でしょう」

人も情報も会社もチャンスも、東京には至るところに転がっている。確かに今後のキャリアを考えると東京が有利かもしれない。でも、

 

「そのメンバーでシェアハウスは、今しかできない」

そうかもしれない。シェアハウスは気の合うメンバーとするから楽しいと個人的に思っているので、家のことだけを考えるなら、正直圧倒的に東京なのだ。でも、

 

でも、

 

 

でも、

 

でも、

 

 

 

なにが、「でも」なんだろう。

 

 

 

 

 

 

私が動くときは、いつも衝動。そして即決。

 

会社を辞めてフリーライターになるときも、東京を離れて沖縄移住するときも、現状維持以外の選択肢が浮かび上がって「これだ!」と衝動的に飛びついた。現状維持より変化を選択することにワクワクした。

 

裏を返すと、ワクワクする選択肢が出てこない限り、私は現状維持を選んでいた。

 

今回のケース。

これまでのセオリーでいけば、もし東京を選ぶなら選択肢が出た時点で「これだ!」と飛びつくのではないか。メリット・デメリットなんて考えず、すぐにでも沖縄を発つんじゃないか。

 

東京行きのメリットをどれだけ挙げられても、私の心が「でも、でも、」と片っ端から打ち返す。

 

なんで?

 

沖縄と東京、どちらも魅力的な選択肢でしょう?

衝動で即決できないぐらい、今回は双方が魅力的すぎるんでしょう?

 

ねえ、そうでしょう?

 

 

 

 

 

 

「ののかちゃん、ごめん、私分かったかも」

「なになに?」

 

 

 

「わたし、東京戻りたくないみたい」

 

「うん 」

 

 

 

「沖縄にいたい、よりも、東京に戻りたくないみたい」

「うん」

 

「思ったより、東京に疲れてたみたい」

「うん」

 

 

「東京にいるとさ、私たぶんまた"頑張らなきゃ"って苦しくなりそうで」

「うん」

 

「仕事を頑張っていて、貪欲にスキルを磨いて、成果を出して、お金をしっかり稼いで、有名になって、人の役に立って、自分の夢や野望を実現して」

「うん」

 

「そんな立派な人たちと自分を、また勝手に比較して、"私も頑張らなきゃ"って苦しくなりそうで」

「うん」

 

 

「沖縄にきて、楽になったの」

「うん」

 

 

「人と比べることが減ったの」

「うん」

 

「なんか息がしやすくなったの」

「うん」

 

「のんびり仕事できるようになったの」

「うん」

 

 

「だから」

「うん」

 

 

 

いま、東京に戻るのは、怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直、私も真崎さんは沖縄だなと思う」

 

ひと通り話を聞いてくれた後、佐々木ののかは言った。

 

僭越ながら、彼女がどれだけ私と一緒に住みたがっていたかは痛いほど知っている。彼女のこの言葉は、彼女自身の願望に逆らった最大限の優しさだった。

 

 

"東京に戻るのは、怖い"

 

こんなことを思っていたなんて、自分でもまったく気付かなかった。気分で沖縄にきたけど東京のことは大好きだったし、また戻る可能性も大いにあると思っていた。

 

 

違った。

私は、私が思っていた以上に、東京という大都会で疲弊していた。

 

 

悪いのは東京じゃない。東京にいる人じゃない。

誰かに強制されたわけでもなく、勝手に人と比べて焦って走って止まってダウンしてしまう、自分の弱さだ。

 

 

会社を辞めてフリーランスになったこと

東京を離れて沖縄移住をしたこと

 

「真崎さんは、自分の芯をしっかり持って行動しているんですね!」

 

なんて言われることは、とても多い。

 

 

逆だ。

 

本当は誰よりも他人の顔色を窺い、評価を気にして、他者比較してはすぐ「私はなんてダメなんだ」と自責する、自信があるようで実はない、芯の弱い人間なのだ。

 

そんな自分を変える努力をしろと、2年間の会社員生活で何度も言われたし何度も思った。

でも、変わろう努力しようと思えば思うほど、苦しくて息が詰まっていつも泣いていた。

 

 

自分を変えられないから、環境を変える。

 

比較と自責と劣等感に襲われる、会社から、東京から、逃げる。

 

 

幸い環境変化に対するストレスが小さいので、自分より環境を変えるほうが、自分の健康を保つ手段としてずっと手っ取り早い。

弱い私なりの、最適な生き方がこれだった。

 

 

沖縄移住を決めた気分と衝動。

その奥には「東京から逃げたい」という気持ちが、確かにあった。

 

そんなことを、移住から5ヵ月も経ったこのタイミングで初めて気付いた。

 

 

 

 

無事に、次の家(ただし仮住まい)が見つかった。

やったねビバロック。 

 

 

最近はあまりバリバリ仕事をしていない。週に2~3本原稿を書いて、あとはわりとのんびりしている。

妙な焦燥感はだいぶなくなった。「こういうブログみたいなエッセイを書く時間がいちばん好きだなあ」と改めて感じていて、そんなお仕事や、作品として形に残すチャンスを探している。

 

沖縄にきてよかったなと、いま心から思っている。

 

 

胸がドキドキソワソワするような出会いや刺激や焦燥感で、私を育ててくれた東京。

 

まぎれもなく、大好きな街だった。

 

 

もう。

まだ。

どっちだろう。

 

 

分からないけど、私は

 

 

東京には、戻らない。

 

東京には、戻れない。

 

 

 真崎

 

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公開当日に『デスノート』を観た原作ファンの悲鳴を聞いてくれないか

 

 

 

デスノートが好きだ。

 

11年前。私はまだ高校生。お兄ちゃんがある日全巻借りてきたデスノートにのめり込んだ。

 

ドカーン!バリーン!な少年漫画かドキドキ♡きゅんきゅん♡な少女漫画しか読んでこなかった当時の私にとって、漫画『デスノート』は圧倒的文字数と難解さを誇る異色コミックだった。月とLが何を言ってるのか一発でさっぱり理解できず何度もページを戻りながら1冊1時間以上をかけて読み込んだ。

 

派手なアクションはなくとも天才たちの知能合戦は私をハラハラドキドキさせてくれた。

7巻でLが月に敗れて椅子から落ちて事切れるシーンでは2度泣いた。最終巻で月がニアとメロと亡きLに敗れた上にリュークデスノート記名されて心臓発作で事切れるシーンを読んだ後はショックと余韻で身体が動かなくなった。

 

 

もちろん映画だって観た。

前後編、L change the worldもそれぞれ2回ずつ観た。

 

さすが藤原竜也。さすが松山ケンイチ

ありがとう金子修介。(監督)

 

原作とはまったく違ったラストの展開に「あああそうくるのね!なるほどね!うわまじかなるほどねそうくるのね!!」と大興奮、ファン(私)の知識を裏切り期待を裏切らない展開に魅せられた。

 

 

そんな、大好きなデスノート

その続編が、10月29日に公開。

 

 

観るしか、なーい。

 

 

 

 

そんな記事を書きましょうね。

 

 

下手にレビューなんか書いたらヒマな有識層に「このレビュワーは何も分かってない」とコメント付き引用リツイートされそうで怖いだなんて被害妄想が邪魔してこういう記事は避けてきたわけです。

 

じゃあなぜ執筆に踏み切るのか。

デスノートを観た直後からショックのあまり私の心が悲鳴をあげているんだ。

 

レビューっつーかこれは悲鳴です。

ネタバレありますがどうぞ何卒。

 

 

デスノート  Light up the NEW world』につきまして

 


満足度:★☆☆☆☆

知能度:★☆☆☆☆

菅田将暉NON STYLE石田度:★★★★★

 

 

今回は「デスノート争奪戦」です。

 

神大王(誰)の指令で地上に6冊のデスノートがばら巻かれ、警察、キラの後継者、Lの後継者たちで命を懸けたデスノート争奪戦が行われるよー!的なハラハラあらすじなんだけど、もうごめんレビュー本筋から外れることをいきなり言わせてほしいんだけどまずLがあんなに下品な後継者を残すわけがないと心が叫びたがっているんだ。

 

 (どうも、新生Lです)

 

言葉は汚く直情的ですぐ警察を挑発するわ「あの天才探偵・Lの後継者である超天才なボク」的なことを惜しげもなく自称してしまうわの厨二感。

死神の目を持つミサにデスノート記名されて死んだと思いきや実は生きてた展開は前作を彷彿とさせるけれど、Lのような知性と覚悟に満ちた作戦とはまったく違い「実は、ミサに会う前に、リュークが口を滑らせやがったんだ」ですって!生き残ったの超偶然だったわけ!しかもリュークのあの一言で確信するの超安直!私なら怖くて無理!

一応Lの後継者として推理っぽいこともするけど全て根拠は薄くて「はあああん天才」と心揺さぶるLのソレが微塵もないの。

 

いや、確かにLが新しいLになんか今後いろいろ任せる的なシーンあったけど。突然シーンが変わって15秒くらいで終わったから下手すりゃ「CM?」だったけど。でもどうしても、あの知的で聡明で変人だけど気品すら感じさせてくれるLがこんな後継者を残すなんて信じたくないの。夢なら醒めて。

 

 

かたやキラの後継者。

まず「夜神月が生前こっそりニューヨークに子種を残した」っていう唐突な話がまず出るの。

 

じゃあその子がキラの後継者か!果たして誰!な展開になるかと思いきや、作中で初登場したキラの子は雨の中で事切れている回想シーンなんだぜ!出す意味ー!

 

 

月の子種→ミサの保護観察官→??って感じでデスノートが渡って、キラの後継者はまさかのこの人ー!って感じのどんでん返し

 

に次ぐどんでん返しに次ぐどんでん返しに次ぐどんでん返し!!

 

怒涛もいいとこ!

135分でいろいろどんでん返しすぎ!!

 

しかも返し方が雑っつーか「あ、ここで私の兄さんとか突然出てくるのね」みたいな唐突極まりないキラの子種パターンよ。そんな「私」は新生キラに復讐を果たす寸前に何者かにデスノート記名されてパタリ。

 

 

書くと思ったー!

もうあなた絶対書くと思ったよー!

 

あなたあの日のあの瞬間「あ、もう絶対このひと新生Lを助けるためにデスノート使って溶けてなくなるレム(前作で出たミサの死神)パターンのやつ!」と思ってた。もう微塵の狂いもなく予測当たった。「初心者でもできる伏線の張り方」のお手本見せられた気分。

 

 

そして、菅田将暉よ。(好きやで)

 

NON STYLE石田を彷彿とさせる全身白のぴっちり衣装に身を包み、知的でミステリアスな雰囲気は途中まで良かった。良かったんだ。クールだったんだ。

 

はい、銃撃隊とのバトルシーン。

まず外からヘリであれだけ機関銃撃ち込まれたのにその場にいた3人誰にも当たらない奇跡なんてルパン三世でしか見たことないよ。

 

で、菅田くん。

次々と建物に入ってくる隊員たちのマスクをリュークに取らせて片っ端からデスノートに記名しつつ「人間は、神には勝てない」なんてクールにドヤった直後にノートを撃たれて新生Lに「ノートが銃に勝てるかよ」って作中でも随一ダサいツッコミ入れられクールキャラ崩壊。

最後は銃撃隊に囲まれて絶体絶命。危険人物なんだから隊員も早く撃つべきところを、待つの。菅田くんがふらりふらりと部屋の真ん中に歩いていって、月光を背中にカッコよく直立するのを持ってるの。なんで。

そしてお約束。機関銃でパラパパパ、菅田くんが光を背に直立大の字で弾を続々と受けて身体を揺らす。

 

「The・イケてる悪役の末路」かよ。

もう今時なんらかのコントでしかお目にかかれない貴重なシーン見れたわ。

 

 

そう、雑。

キャラも設定も演出も伏線回収もぜんぶ雑。

 

デスノートって綿密に練られた知能合戦が超面白い作品だったわけ。 天才と天才とのぶつかり合い、そこに絡む警察の執念、そういう構図が良かったわけ。前作のキラも「俺は、新世紀の神になる」なんてちょっとサムいセリフをドヤ顔で言ってたけど、その厨二感も天才だったから許されてたわけ。

 

 

”馬鹿なキラもどきが馬鹿なLもどきとノートを争ったってだけの駄作”

 

ひどい言われよう。

でも、否定できないわけ。

 

Lの意志を受け継ぐキラの望んだ世界を作るだのと「前作キャラたちの想いが引き続き息吹きます風」に作られたこの作品に出てくるキャラがあの人たちじゃ、月もLも「こんなはずじゃなかった」ってあの世で泣いてる。

 

いっそドラマ版デスノートみたいに原作フル無視のぶっ飛んだ設定だったら良かったかもしれない。「夜神月は馬鹿なアイドルオタク」で大炎上。でもそのバカバカしさが逆にクセとなって、ドラマも後半に差し掛かる頃には1周回って人気出てたからな。

 

 

 

あー。悲鳴吐き出しきったー。

 

そんなデスノートですが、いろんな意味で興味を持った方はぜひ劇場でご覧ください。

 

 

 

余談。

デスノート鑑賞翌日の夜。

 

 

 

変態仮面>>>>>>>(ムロツヨシ安田顕は正義)>>>>>>>>>デスノートになりました。

 

 

真崎

 

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お父さん、この還暦祝いでどうにかもうちょい元気になってください

 

 

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お父さん。

 

59歳。間もなく還暦。

最近、ちょっと活力がない。

 

だから、お父さんが元気になるような還暦祝いを買うことにした。

 

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きっかけはコレ。

それどこ大賞「買い物」
それどこ大賞「買い物」バナー

  

この募集を見て自分の買い物エピソードを引きずり出そうとしたけど「朝キャバ時代のママに『真崎、女は黙ってTバックだよ』と言われて下着売り場に出向くもあらゆる自意識が邪魔して結局いつも通りのピンク上下セット買って帰った」みたいな記憶しか出てこず泣いた。

 

なら今から何か買おうと思い、いろいろ考えた結果「お父さんが元気になるような還暦祝いを買おう」と決めた。理由は以下。

 

・個人的に直近欲しいものがなかった

・だったら誰かに何かをあげようと思った

・まずは家族を思い浮かべた

・今年のお父さんの誕生をスルーしていた

・今年の父の日をスルーしていた

・なんなら数年分スルーしていた

・お母さんの誕生日と母の日は不定期で回収していた

・その事実に気付いた瞬間「ごめん父」となった

・そういえばお父さんがもうすぐ還暦だった

・これだ

 

 

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お父さんと私。

 

今年の8月、両親と3人でマレーシアに行った。

2ショットを撮る際に肩を組んでこようとしたお父さんから無意識で半歩距離を取ってしまい、行き場を失くした父の左手が心霊写真のごとく宙をさまよう。お父さんが嫌いなわけではなく私の中の生理的な何かがそうさせた。ごめんな。父親と娘ってそういうもんだよな。

 

 

今はこうして一緒に海外旅行できるほどの体調になったけど、3年前の2013年2月、お父さんは脳出血で入院している。

 

幸い命に別状はなかったけど、右半身と発語に麻痺が出たため仕事を休職して入院しながらリハビリをすることになった。

 

で、数ヵ月くらいで無事に復帰した。

 

けど、病気前と比べると明らかに白髪が増えて腰が曲がって体が縮んでハゲは現状維持で全体的に元気っつーか活力がなくなった。背中を丸めてご飯を食べながらローカルの旅番組を観ている姿の初老感がすごい。

 

 

「趣味や日々の楽しみがないと、人は早く老いる」

 

そんな話をどこかで聞いた。

 

退院後のお父さんが光のスピードで老いていく姿を見て、私は少し不安になる。病気の影響ももちろんあるけど、日々の楽しみや刺激のなさが父を余計に老け込ませている気がする。

 

最初に載せたやり取りは、以前お父さんとふたりで行った温泉旅行のワンシーン。どうしても気になってしまい、思わず「趣味や楽しみはあるのか」と聞いてしまった。

 

そしてお父さん、はっきり言った。

「ない」

 

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この会話は大いなるモヤモヤに形を変えて、いまも私の心に巣食っている。

 

お父さんに何かをプレゼントするなら「お父さんの日々に活力を生んでくれるようなサムシング」がいい。

 

そう思い、親不孝を続けた娘による「父の還暦祝いプロジェクト」を発動した。

 

 

*******************

 

発動から2秒で困った。

何買お。

 

 

過去に私が父に買ったプレゼントといえば

 

・湯呑

・ビールジョッキ

だけか。

びっくりした。少な。引くわ。

 

そもそもお父さんにプレゼントをすること自体いつぶりか分からない。お母さんにはポツポツ贈り物をしていたのに、気付けば謎で雑な贔屓が起きていた。

 

お父さんって、50代男性って、いったいどんな物が欲しいんだろう。離れて暮らすお父さんしかり、普段接点がなさすぎて全然ピンとこない。

 

 

「これまでお父さんにプレゼントした物は?」と、周りの友人たちに軽くリサーチしてみたところ

 

・時計

・ネクタイ

・定期入れ

・財布

iPod

・旅行券

 

などが上がる。

どれも無難にアリなんだけど、今回のコンセプトからは少しずつ逸れる。どれも安い湯呑とビールジョッキよりは上等だがな。

 

 

「お父さんが元気になりそうな物をプレゼントしたいんだけど、何がいいかな?」

 

信頼する友人たちに相談してみた。

 

 

「ちょい悪っぽいカッコ良さげな服とかどうかな? 見た目が若返ると気持ちも元気になるって言うじゃんね」

 

 

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なるほどな。

アリかもしれない。

 

ちょい悪オヤジの代表格・ジローラモさんのような服を着てみた父の姿を思い浮かべてみる。

 

 

 

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違う、これアカンやつや。

 

良いイメージが一切沸かない。

どう頑張っても生気を吸われたタモリさんしか想像できない。

 

そもそも私自身にファッションセンスが皆無だし、下手すれば父の人望や自尊心を根こそぎ奪うかもしれない。この案は見送った。

 

 

 

「筋トレグッズとかどうかな? 私は前に腹筋マシーンのアブトロニックをお父さんにあげたことあるけど、結構ハマって運動始めたよ」

 

item.rakuten.co.jp

 

なるほどな。

そういう手もあるのか。

 

アブトロニック懐かしいな。あげたらお父さんムキムキになって若返ったりするかな。

 

 

 

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絵面がアウト。

 

ムキムキになる前に、アブトロニックでブルブルしているお父さんの姿になんだか私が耐えられない。

 

 

次。 

 

「もともと運動好きのお父さんなら、無難にスポーツウェアとかいいんじゃない? 実用性もあるし、イケてるデザインのやつにしたら見た目も若返りそう」

 

 

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うん、アリ。 

 

 

昔から散歩やランニング、山登りが好きだったお父さん。そういえばこの前実家に帰ったときに

 

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain <最近ちょっと走ったりしてるんやでー

 

と言っていた。

病気前の活力が戻りつつあって嬉しい。

 

となれば、スポーツウェアは贈り物としてピッタリではないか。

 

相談や熟考を重ねること2週間。ようやくしっくりくるアイデアに出会った私は、さっそく沖縄にある大型スポーツショップに向かった。

 

 

 

 

 

 

たっか。

スポーツウェア、高すぎて詰んだ

 

スポーツショップで買い物をすること自体バレーボールをやっていた大学以来だし、そのとき買ったのも2000円くらいのスポTだった。普段から古着を愛用しており、服に対する価格イメージはせいぜい2000~4000円がいいところ。

 

「大奮発して上から下までトータルで買ってあげようかなフフ」なんて余裕ぶっこきで諭吉1枚だけ財布に入れて店行って値札見てソッコー心折れた。なめてたー。

 

トータルコーディネートを早々に諦めて、なんのウェアを買おうか店をウロウロしながら考えた結果

・冬に備えた防寒パーカー

・常に頭が寒そうだからキャップ

 の2点にした。

 

買い物の途中、お父さんに電話をかける。

 

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain もしもし。

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain どうしたん。

 

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain 何色が好き?

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain なんやいきなり。

 

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain なんもない。何色が好き?

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain うーん、黒とか暗い色かな。なんで?

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain ありがと。またね。

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain うん。

 

暗い色のパーカーと帽子を探してみた。

 

微量のセンスを振り絞って品定めすること2時間。

 

 

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買った。

 

シャカシャカパーカー(8532円)

キャップ(2592円)

 

諭吉1人じゃギリ太刀打ちできずに、羞恥心抑えながら近くのATMで2000円おろした。

 

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え、これアリかな。

 

どうかな。センスだいじょうぶかな。

自分で選んで買った服をブログで晒すってこんなに恥ずかしくて手足震えるものなのかな。

 

いや、でも大切なのはセンスじゃなくて心意気っつーか「自分のことを思いながら娘が一生懸命プレゼントを選んでくれた」って事実が大切だからーつって自分に言い聞かせてないと死ぬ。「お父さんにプレゼントを買う」っていう行為がなんだかもう凄まじくモゾモゾする。

 

スポーツショップのレジ袋にそのまま丸め込んで、何のメッセージも添えず郵送した。郵便局に預けてからもしばらくソワソワした。

 

 

************************

 

郵送から2日後。

お父さんからメールがきた。

 

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だよね。

誕生日も父の日も華麗にスルーし続けた娘から唐突にパーカーと帽子送られても「???」ってなるのすごく分かる。

 

 お父さんに電話をかける。

 

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain もしもし。

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain ありがとうなー。どうしたんや急に。

 

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain いや、なんかさ。

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain うん。

 

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain なんかな、仕事っていうかそういう感じのやつでな、買い物をしようみたいなコンテストがあってな、買い物しようと思ってんけど私ほしいものなくってな、そういえばお父さんもうすぐ還暦やし最近誕生日とか父の日とかずっとなんもしてなかったからお父さんに何か買おうと思って最近運動し始めたって聞いたからスポーツウェアにしてん。

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plainそういうことか。いやありがとうな。

 

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain サイズ大丈夫やった?

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain Mはギリギリやけどまあ。

 

f:id:ai-en-house:20161026164542j:plain 気が向いたら着てな。

f:id:ai-en-house:20161026161653j:plain 大切にするわ、ありがとな。

 

 

そして、写真が送られてきた。

 

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すごいなで肩。

 

でも、うん、似合ってる、わりと似合ってるよ。

ふざけて蛍光ピンクとかにしなくてよかった。 

 

娘の愛情と困惑とギリギリのセンスがつまったこのパーカーと帽子つけて、冬場もいっぱい走ってくれな。活力上げてもうちょっと生き永らえてくれな。

 

不慣れな親孝行。買い物から執筆まで終始ヘンな汗をかき続けてきたのでもうHPがゼロ。照れと羞恥とあらゆる感情うずまく瀕死の娘からは以上です。

 

真崎

 

イケハヤさん、アタイがんばる。 第2回沖縄ブロガーミートアップと隠し切れない下心の行方

 


1年前に書いた記事。

 

要約すれば「人と情報とビルと比較と悔しさと無力さとチャンスと出会いと成長と謎の期待が混在した大都会東京で日々消耗しているけどそれでも今はここがいい」という内容。

 

 

このテーマとタイトル、「まだ東京で消耗してるの?」でおなじみの高知在住プロブロガー・イケダハヤトさんを意識したことは言うまでもない。

 

東京で絶賛消耗中だったとはいえ当時はイケハヤさんに対して「消耗している都会人乙wwみたいにまとめてカンタンに愚弄すんじゃないわよ!」みたいな気持ちがあったので内なる反骨心モリモリで書いた。特定の大衆向けに売られたケンカを競り落としてでも個人で買っちゃう若気の至り。

 

この記事はたぶんご本人の眼中に1ミリたりとも入らなかっただろうけど、一部ネット民の「YESよく言った!」的な肯定的拡散が重なり小さくガッツポーズ。その半年後に消耗し切って沖縄移住決めてるから私は物言わぬ貝になりたい。

 

 

一時期はイケハヤさんの「まだ〇〇してるの?」テイストな記事が苦手だったし、イケハヤさん界隈にいて諸々煽ってくる「会社に縛られず好きなことで生きていく」人達はみんな来世で人畜無害なトイプードルになればいいと思っていた。

 

でもその後も引き続き目に入るイケハヤさんの発信を見ているうちに、1周回って「この人はすごいな」と思うように。炎上してもド叩きされてもスタンス変わらず飄々と発信できる強靭なメンタル。ネガコメ1個で胃痛がする私とは諸々の構造が違う。

 

都会と地方、会社員とフリーランス

双方にメリットデメリット向き不向きがあるなど言うまでもなく、私とてこの手のテーマで記事を書くときは非常に慎重で「とはいえ人それぞれで」と最後にマイルドな炎上保険をかけることも忘れない。

 

「田舎生活のココとココとココが最高だから都会で消耗してないでみんな早くおいでよ」って片方に振り切ってるイケハヤさんは個人的にすごい。賛否両論あれど私は振り切った極論が嫌いではないし、固定ファンを獲得されるのも分かる。

 

 

ところで、イケハヤさん沖縄来るってよ。

やっほーい。 

 

事前に沖縄のメディア関係者からイケハヤさん上陸話を聞いていたので「会いたい会いたい会いたーい」と喚き散らし、今帰仁村で開催された酒盛りと沖縄ブロガーミートアップというイベントでご一緒しました。アタイ、くっそミーハーなんだ。

 

初めてお会いするイケハヤさん。

まずウルトラ低音超美声。

 

その甘いお声で「まだ東京で消耗してるの?」って耳元で囁かれようもんなら「もうしません////」つって高知移住する人出てきそうなレベル。

 

イメージよりめちゃくちゃ気さくで1対1でもたくさんお話してくださった。お話する感じはブログのキャラクターそのままだったけど対面だとやっぱりちょっと印象が変わる。「実際話すとめっちゃ良い人なんだろなー」と思っていたけど、実際話すとめっちゃ良い人だった。

 

 

 

隠し切れない下心のお話をしましょうね。

但し性的なものではない。

 

 

「好きな書き手は?」と聞かれたら「エッセイストの小野美由紀さん!」と即答するくらい一方的に敬愛しているエッセイストの小野美由紀さん。

 

私が細々と書かせてもらった沖縄移住エッセイを読んでくださり投稿してくださった上記ツイート。見た瞬間驚きと歓喜のためパンケーキのお店で叫んで身体がカタカタ震えた。

 

影響力ある小野さんの拡散により、この日記事のクリック率がググッと伸びてたくさんの人にエッセイを読んでいただけた。

さらに、思いがけないリツイートが続く。

 

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イケハヤ砲。

敬称略すみません。

ついに私の文章がイケハヤさんの眼中めがけて飛び立った。小野美由紀さんハレルヤ!

 

 

なぜここで小野美由紀さんの話を出したかというと

 


イケダハヤトさんのnote有料マガジンで、小野美由紀さんが連載コラムを書かれているんですね。

 

SNSや記事の発信を拝見する限り、小野さんはお仕事で文章を書くことについていろんな葛藤、「自分が書きたいものではなく、自分に求められるものを書く」ことへの苦しさを抱えていらっしゃるように見えた。左記は私の言葉なので的外れかもしれないけれど。

 

その小野さんが、イケハヤさんマガジンではたぶん書きたいことを伸び伸びと書かれている(と私が勝手に感じている)。

 

 

私も自分の仕事についてはよく考える。

 

よく考えた結果「真崎さんの文章が大好きなので毎月50万渡すかわりに真崎さんが書きたい文章を無理しない範囲でたくさん書いてください楽しみにしていますフォフォフォ」みたいな謎の富豪の出現がベストという結論に至っている。条件に当てはまる謎の富豪がいたらご連絡ください。

 

もう少し現実的な話をすると、このブログに上げるようなショートエッセイを書く仕事を増やしたい。自分の中にある経験と感情を切り出して言語化するひとり語り文章を書くのがやっぱり一番好きだ。

 

実際に沖縄最大のブログメディア「てぃーだニュース」では「真崎さんの好きなことを書いてください」とお仕事依頼をいただき、毎週好きなことを書かせてもらっている。こういうお仕事をさせてもらえる機会を増やしていきたい。

 

 

下心。

 

イケハヤさんのマガジンで、記事を書かせていただきたい。お仕事のような形で寄稿させていただきたい。

 

そのために、小野美由紀さんのように「この人に書いてほしい」と思ってもらえるような書き手になりたい。現時点で自分がイケハヤさんにとってのソレな可能性はほぼゼロだけど、0.02mmでも可能性があるなら自分を売り込みたい。

 

 

 

そんな気持ちをこっそりひっそりがっつり抱きながら、沖縄ブロガーミートアップに参加してきました。

 

では本編です。(前フリで2776字)

 

 

結果はラップバトルの通りだったけど、簡単にイベントと下心の結果報告をば。

 

 

と言いつつ、文字数(と気力)の都合上コンテンツ紹介と感想は省略させてもらっています。主催者の皆さますみませんすみません。

 

イケハヤさんの講演内容はこちらの記事にプレゼンスライドが掲載されているので良ければ。

 

主催者ヒガシーサーさん「沖縄ブロガー70人以上集結!ミートアップvol2ご参加ありがとうございました!」に、イベントの大まかな流れと参加者のイベントレポ記事すべて(おそらく随時更新)が上がっているので興味のある方はぜひ。

 

エモい感想とともにイケハヤさんのプレゼン内容がきれいにまとまったイベントレポはこちら。「沖縄ブロガーミートアップvol2に参加して考えたこと①」(日高春奈さん)。

 

あと個人的に「エイリアン2の宇宙シーンで乗組員が迷彩服を着てるのすげー無意味だし絶対おかしい」とおっしゃっていた方の話に「確かに!!」と超絶頷いたので、その方のブログも勝手に載せますね。「沖縄ブロガーミートアップに参加したけどエイリアン2の話しかしてなかった」タコの卵さん)

 

 

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時は流れて懇親会。 

 

イケハヤさんとは最後の最後でギリギリがっつりお話できた。めちゃくちゃいっぱいお話してくれた。ありがたきー。

 

 

「小野美由紀さん、イケハヤさんの有料マガジンで書かれていますよね。わたし小野美由紀さんがめちゃくちゃ好きなんです」みたいな話を挟み込む。

 

イケハヤさんは小野さん大絶賛で、「僕が読みたいから執筆を依頼しているんです」とおっしゃっていた。「私もそんな風に言ってもらえるような書き手になりたいです!」と無駄に熱く伝えたらイケハヤさん無言でニッコリ。ですよねー。

 

 

粘る。

 

「憧れの小野美由紀さんが、この前1度だけ私の記事を拡散してくださってめっちゃ嬉しかったんです!!そのあと、その記事をイケハヤさんもリツイートしてくださってすごく光栄でした!!」

 

 

 

「あー!!分かった!!あの記事の人か!!!!」

 

 

ギリギリで合致。

 

文章を読んでもらっているなら0.02mmの可能性も出てくるかもしれない。私の期待と小鼻も膨らむ。

 

 

「せっかくあんな文章を書けるのだから、もっと発信を増やしてください。たぶん自分の文章の発信量が少なすぎるんです。良い文を書けても人の目に入る機会や量が少ないと、よほど1発のインパクトが大きくない限りは印象に残らない。まずはそこからですね!」

 

一言一句覚えているわけではないけど、こんな感じの言葉をかけてくださった。そしてそのあとご家族の待つお宿へ帰られました。

 

 

 

まずは、そこからー。

 

 

確かに、忙しぶって全然ブログ書いてなかった。

 

「イケハヤさんマガジンで書かせてもらえないですか?」の言葉も結局飲み込んでしまったし、当然小野さんのように「僕が読みたいのでぜひ書いてください!!」なんてなるはずもなく。

 

隠し切れずも出し切れなかった下心は、中途半端な敗北感と悔しさで浮遊霊となってしばらく私に憑り付きそう。自分の文章書く機会や仕事を増やしたいって言いつつ自分の文章書いてないなんてダサいね。

 

 

書くどー。 

 

イケハヤさんだけじゃなく、もっと高頻度で、もっと多くの人の目に留まるように、もっともっと自分の文章を、書くどー。

 

 

そんな決意を固めた、第2回沖縄ブロガーミーティングでした。

 

イケハヤさん、また冬にも沖縄に来られる模様。書き手として2~5皮むけた状態でまたお会いできるといいな。

 

 

真崎

 

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手袋を失くしたから、ノストラダムスの大予言が当たればいいと思った。

 

 

ciotan.com

 

一方的に敬愛している塩谷舞さんのブログを拝読して、幼少期の記憶がむくむくと浮かび上がる。

 

 

「1999年7月に人類は滅亡する」

 

フランスの医師・占星術師のノストラダムスがシンプルに怖すぎる予言を残して世界を震撼させた。

 

小2でこの予言を知った塩谷さんは「小5で死ぬ」という未来の予定に恐怖して毎晩泣いていた、らしい。

 

 

一方の、私。

 

何歳でこの予言を知ったのかは忘れた。恐怖した記憶は不思議とない。「もし真上から隕石が落ちてきたらギリギリで右に避けよう」など、死亡フラグビンビンの予言対策を妄想しては自分と死を遠ざけた。昔から勉強ができるタイプの馬鹿だった。

 

 

「どうせ人類は滅亡するから、良かった」

 

そう思い始めたのは、1999年7月になる少し前。

人類最後の冬を越した後のこと。

 

死にたくなったわけじゃない。「目前に訪れる死を受け入れ始めた」なんて悟りは一切開いていない。小学校でいじめられるのは予言の時期を過ぎたタイミング。

 

 

人類滅亡を歓迎した理由はただ1つ。

 

買ってもらったばかりの手袋を失くしたからだった。

 

 

********************

 

 

地元の近商ストアだか奈良ファミリーだかは忘れたけど、小3の冬にお母さんが手袋を買ってくれた。

 

茶色と白の毛糸でふわふわに編まれた柄に私が惹かれた。当然とっても気に入った。その手袋をつけて学校に通ったし、スキー旅行にもつけて行った。

 

 

でも、気付いたときにはなくなっていた。

 

いつどこで落としたのか全く記憶がない。ある日突然「あ、ない」となった。

 

 

手袋を失くしたショックよりも、私の心を支配した感情。

 

 

「どうしよう、お母さんに怒られる」

 

 

 

小学生の頃からとにかく忘れ物が多く、持ち物もよく紛失した。今ならきっと「この子は軽度ADHDですね~」なんて診断を受けた思う。

 

赤白帽やブルマを家の中で失くす。親に見せて判子をもらわなきゃいけない「けんこうのきろく」はしょっちゅう渡し忘れる。

 

その度に、お母さんに怒られる。

それが当時の私には一番怖かった。

 

別にお母さんの怒り方が常軌を逸するわけでも暴力を振るわれることも一切ない。ちびまる子ちゃんのお母さんがよく叫んでる「まる子っっ!!ほんとにアンタって子は!!!」と同じ感じ。お母さんに怒られることを恐れる幼少期。よくある話。

 

ただ、怒られる。それが、ただ怖い。

 

 

忘れ物や失くし物をしたとき、私はできる限りお母さんに隠そうとするようになった。自分から話を言い出さず、時にはウソもつく。

 

でも、バレる。

 

失くしたことを怒られる。隠したことも怒られる。泣く。ただただお母さんの怒りを逃れたいために「ごめんなさい」と謝る。謝る。すねる。怒られる。泣く。

 

 

 

怖かった。

 

だから、手袋を失くして青ざめた。

 

 

「買ったばっかりやのに、なんでアンタはそうやってすぐ物を失くすの!!!!!!」

 

ごめんなさい。ごめんなさい。

ほんとうにごめんなさい。

 

 

 

 

怒られる未来に怯える私の心を照らしたのは、ノストラダムスの大予言

 

 

 

手袋を失くしたのは、冬も終わりを迎える頃。すでに手袋をつけなくても不自然ではない気候になった。これで、来年の冬まで手袋をつけることはない。

 

失くしたことがバレるなら、次の冬。

 

 

「そうか!この夏に人類が滅亡するから、手袋を失くしたことはバレない!怒られずに済むんだ!」

 

 

小3の私にとっては、学校と家が全宇宙。

 

出会ったこともない全人類の滅亡より、体験したこともない死より、想像したこともないこの先何十年の未来の消失より、お母さんに怒られることが私には1番怖い。

 

 

ありがとうノストラダムス

 

隠さず、ウソもつかず、お母さんに怒られずに済むよ。

 

 

**********************

 

地球、滅亡しなかった。

ダムスー。

 

 

1999年7月を過ぎて冬を迎える。

 

たぶん、手袋のことは怒られなかった。

 

ウソついたっけ。お母さんがスルーしてくれたんだっけ。ちゃんと覚えていないけど、地元の近商ストアだか奈良ファミリーだかで、私はその冬また新しい手袋を買ってもらった。めでたしめでたし。

 

 

 

あれから17年。

私は27歳になった。

 

8月後半に両親と予約していたマレーシア旅行。ずいぶん前からワクワクしていたのに、あろうことか私は沖縄移住の際にパスポートを失くした。成長してなさ。

 

 

バレたらきっと、お母さんに怒られる。

 

「27歳にもなって、なんでアンタはそうやってすぐ物を失くすの!!!!!」

 

ごめんなさい。ごめんなさい。

ほんとうにごめんなさい。

 

 

気付いたのは旅行3週間前。両親には内緒のまま急いで京都の役所から戸籍を取り寄せ、パスポートセンターに行き、旅行1週間前に新しいパスポートを発行してもらえた。ギリギリセーフ。

 

でも、ばれる。

それがセオリー。

 

 

旅行先であえなく御用。失くしたことを怒られる。隠したことを怒られる。謝る。すねる。終わり。

 

私が泣くことも、母が執拗に怒り続けることもなくなった。失くし物も忘れ物も未だに多いけど、私も少し大人になって、母も少し年を取った。

 

 

1999年7の月、ちぎれそうに後ろ向きだった私は10歳で死んだ。

 

当時からは想像もつかないくらい、今は前向きに生きている。 

 

ノストラダムスに殺された、小5の夏|ciotan blog(しおたんブログ)

 

 

1999年7の月、いろんな意味で前向きだった私は9歳で死んだ。

 

当時と同じくらい今でも怖いけど、当時からは想像もつかないくらい尊敬している母。

 

 

また失くし物をしても、「どうしよう、また怒られる」と思っても、ヒゲの長い預言者がまた絶望的なことを言い出しても、もう絶対に喜んでやらないかんな。

 

母には悪いけど、また怒られて、シュンとして、開き直って元気になって。

 

私の未来がナチュラルに終わるまで、前向きに生きていく予定です。