真崎ですよ

いろんな文章を書きます

踊って踊って会社をやめた

 

関西でそこそこ有名な私大に通い、学生向けのセミナー運営やら教育NPOの活動やらで周りに頼られて尊敬されて意識ばかりが高くなり、「私はどんな会社に入っても大活躍する人財になれる」と確信しながら就活に臨み、某社社長にスカウトされる形で就活を終える。

 

そんな大学生活5年間を経てムクムク肥大化した自尊心は、新卒入社した会社を2ヶ月でクビになった瞬間破裂した。

 

 

その会社は、もともと社長がひとりで経営していた小さな教育企業だった。社長と私、ふたりで力を合わせてがんばろう、思ったことはなんでも言い合おうと誓った。そして入社後「社長の教育は正しさの押しつけだと思ってしまいます」と思ったことを伝えたら衝突。わたしは仕事が手につかなくなり、社長との仲もどんどん気まずくなり、入社から2ヶ月後、Facebookメッセンジャーで解雇通知をもらった。

 

”会社になんの利益も残さないお荷物”

”給料泥棒”

 

そんな言葉をSNSに書かれたような気もするが、当時はショックと怒りと悲しみで狂っていたのでよく覚えていない。

 

 

1ヶ月の引きこもり期間と3週間の転職活動を経て、クビから2ヵ月後に無事入社した会社は、心を病んで2ヶ月後に辞めた。

 

体育会系の不登校支援団体に入るも、入社1ヵ月後に犯した大きなミスをきっかけに、私の社内評価は最悪になった。

 

”傲慢で自信過剰で向上心も気遣いもない”

”頭の回転も遅いしマナーもなっていない”

”今のあなたは社内の最底辺”

”自分の悪い点を認めて変わる努力をしなければ、一生あなたはこのまま”

 

日々そう突きつけられて、自分は最悪なんだ、変わらないとダメなんだ、そう焦って必死に勉強やトレーニングを重ねた。するとなぜか勤務中に涙が出るようになり、窓を見ると飛び降りたくなり、トラックを見ると轢かれたくなった。

変わるための努力を身体が拒否した。変わらなきゃダメなのに、変わらなきゃここにいる価値はないのに、なにも変われなかった。

 

「変われないから辞めさせてください」と上司に泣いて伝えた。「君はクライアントを放置して逃げるんだからね」と言われた。最終出社日、上司に挨拶をして回ったが目を合わせてもらえなかった。

 

 

「新卒後3年以内に会社を辞めたら、どこにも転職できない」

そんな脅しが耳ダコだった当時に、私は半年で2社を、しかも1社はクビで辞めた。

 

もう、この社会に私の居場所はないのでは??

 

こわくなって、咄嗟にパソコンで「経歴 詐称 方法」とググった。1番目に出たのはYahoo!知恵袋で、「経歴詐称はいけません」がベストアンサーだった。 

 

 

 

退職してから、すぐに転職活動をした。

 

第一志望は、個人塾を運営する教育企業だった。面接に行くと、履歴書を見た社長が「この経歴じゃなかなか転職は難しいかもね」と言った。絶望した。

 

「今まで会社で経験したこと、言われてきたことが、キミにとって大きな傷になっているね。自信を失くしているのがよく分かる」

 

私は、傷ついて自信を失っているらしかった。

半年前まであんなに自信のカタマリだったのに、自信というヤツは随分カンタンに消えてしまうんだなぁと思った。

 

面接を終えてから2時間後、友人のもとで倒れていたら電話がかかってきた。先ほどお話した社長からで、「採用することにしたから」と言われた。嬉しくて叫んだ。無事に転職先が決まった。

 

 

この会社がダメなら、もう私の人生は終わりだ。

 

そう思い、文字通り決死の覚悟で入社した。

2013年、11月のことだった。

 

 

****

 

 

入社から、1年半。

やっぱりわたしはダメ人間だった。

 

この会社では、自分なりにやりがいを見つけて働けていた。

上司の考え方にも共感でき、同僚も優しく理解があり、その中であらゆる業務を任せてもらっていた。1から企画した大きなイベントが成功して、後日社長に「よくやったね」と褒められた時には、この上なく誇らしい気持ちになった。

 

でも、仕事の8割は空回っていた。

授業準備に教室管理に事務作業、うまく処理し切れない多様な業務。受験のプレッシャー、成果が出ないからと担当生徒の親御さんからかかってくる退塾連絡、苦手すぎて胃痛のする営業、保護者からの子育て相談にも的確な言葉を返せない。多発するケアレスミス。そのたびに届く上司からの叱責電話やメール。読むのが怖くて開封ボタンを押すのに1時間かかることもあった。

 

24時間、仕事のことが頭から離れなかった。

翌日のことを考えると気持ちが鬱々とした。家でも会社のブログを書かなきゃいけないのに、文章を書くことだけが好きで武器だったのに、なにも書けないまま2時間涙を流して固まり続けたこともあった。

 

 

1年半の間に、何度も何度も「もうムリだ」と思った。社長に「すみません、もう辞めたいです」と伝えたこともあった。

 

「本当に辞めたいの?」

社長はこう聞いてくれた。

 

「でも、正社員というカードを失って、この社会で生きていく自信がありません」

私の返答は、いつだって自信なさげでクズだった。

 

会社に属する以外の生き方を、私は知らなかった。

知ったところで、自分の力で生きていける自信なんて前職と前々職の会社に置いてきていた。どんなに辛くても、仕事中に涙が出ようとも、社会で生きていくために、私はこの会社を辞めるわけにはいかなかった。

 

社長や同僚の配慮のもと、わたしは会社に、正社員の肩書に、そこで得られる収入にすがり続けた。

 

 

 

日々の業務をなんとかこなし、横浜駅から電車にのり、東急東横線で自宅のある池袋に向かう。電車の窓にうつるわたしの顔は、たぶん、わりと死んでいた。

 

 

池袋駅に到着する。

 

ここから自宅までの徒歩15分が、日々の中で1番、わたしの心が躍る時間だった。

 

東口を出てから、明治通り沿いをずっと左に進む。iPodの音量をグンと上げ、PerfumeAKB48RADWIMPSきゃりーぱみゅぱみゅなど、アップテンポな音楽を流しながら、鼻歌にしては大きすぎる声量で歌い、ステップを踏んで歩く。

 

下手くそだけど、踊ることが大好きだった。

 

音楽を聴けば身体が動き出すのは、今も昔も、自信があってもなくても、ずっと変わらない私のクセだった。

音楽を聴いて踊っているときだけは、辛さも苦しさも全部忘れた。

 

この帰宅時間がとても愛しく、家につくのがもったいなくて遠回りをする。薄暗い風俗街を、変な目で見られながらウキウキと踊って歩いた。

 

そして、家についたらゴールデンタイムは終了。

シェアハウスの同居人たちと軽くダべり、ご飯を食べ、お風呂に入り、寝て、朝がきて、「また朝が来た」と落ち込みながら仕事に向かう。

 

それが、ビビりな私の手放せない日常だった。

 

 

*******

 

 

2015年3月某日。

 

業務を終えて、死んだ顔で東急東横線に乗って、池袋駅から音楽を聴いてウキウキ歩いて、家について、ゴールデンタイムは終了、のはずだった。

 

 

家には、シェアハウスの同居人であり、ダンサーのかなえちゃんがいた。かなえちゃんと並んでソファに座り、ボーっとテレビを眺める。

 

お互いダンスが好きで、2人揃えばちょくちょくダンスの話をする。この日は、私が映画『ハイスクールミュージカル』のダンスが好きだという話をした。

 

 

 

かなえちゃんと一緒に動画を見た。サビの踊りを見て、思わず体がウズウズと動き出す。

 

「かなえちゃん、これフリ覚えて教えてよ」

そんなムチャぶりをした。

 

「いいよ、覚えるから10分だけ待って」

マジか。10分後にレッスンが決まった。

 

 

10分後、サビのフリを完璧にマスターしたかなえちゃんが、リビングでマンツーマンレッスンをしてくれた。

 

「ウィ、オールインディス、で腕を3回曲げて、最後に手拍子パンッ!」

「腕を3回曲げてって、こう?」

「ちょっと違う、それじゃゴリラ」

「ウホッ!(パンッ)」

 

ふざけてゲラゲラ笑いながら、ひとつずつフリを身体に落としていく。気付けば住人たちも1人また1人と帰宅して、私たちのレッスンを眺めていた。

 

3月のまだ肌寒い時期。かなえちゃんとわたしは気付けば汗びっしょりで、半袖で踊り続けていた。

 

フリ落としを始めてから2時間。こんなに早く時間が経つ感覚は久しぶりだった。

 

「ひと通りできた? じゃあ音楽流してやろか」

「え、は、まだムリ、ムリムリムリ」

「下手でもいいから! 合わせてるうちにできる!」

「スパルタ! でもやる!」

 

そこからは、延々と、何度も何度も音楽に合わせて踊り続けた。2人の姿が窓ガラスにうつる。かなえちゃんの踊る姿はかっこよく、わたしのソレは無様を極めた。

 

「わたしがかっこよく踊れるまでやる」

「真崎、それいつ終わんねん」

同居人の男が笑う。

 

音楽がかかる。踊る。踊る。踊る。

また音楽をかける。踊る。踊る。踊る。

 

窓ガラスにうつる自分の姿を見る。無様。

 

 

顔を見る。

めちゃくちゃ、楽しそうに笑っている。

 

 

楽しくて楽しくて、本当に楽しくて、日付が変わるまで何時間もずっと踊り続けた。

かなえちゃんもしつこく付き合ってくれて、終わりと同時に2人で笑いながらぐったり床に倒れ込んだ。

 

真っ赤な顔の私を見て、同居人の男が嬉しそうに言う。

「真崎の楽しそうな顔、めっちゃ久々に見たわ」

 

そういえば、彼にはここ最近、悩み相談で暗い顔を見せ続けていた。こんなに楽しい時間も、こんなに笑った顔も、随分久しぶりだった。

 

 

「わたし、分かったかも」

勝手になにかを悟った。みんな「?」という顔になる。

 

踊って分かった。 

わたしの身体は、ちゃんと自分の「好き」「楽しい」を知っていた。

 

なにをすれば自分の心が喜ぶのか、身体はいつも覚えていてくれた。わたしの魂は、たぶんもっと純粋に喜びたがっていた。

 

 

”給料泥棒”

”傲慢で自信過剰”

”変わる努力をしなければ一生このまま”

 

”自分は最悪なんだ”

”こんな自分は、この社会で生きていけないんだ”

”会社に属さない自分に居場所なんてないんだ”

 

そんな言葉と臆病な理性で、ずっと自分を殺してきたんだと思った。

 

 

不安払拭とお金のために無理して働いても、どうせ精神的にじわじわ死ぬ未来は見えていた。

 

だったら。

好きなことをしてのたれ死ぬほうが、きっと私にはいい人生だ。

 

 

その晩、わたしは会社を辞めることに決めた。

 

 

*****

 

 

翌日、社長と話す時間をもらった。

 

「1度思いっきり好きなことをやって生きていってみたいので、会社を辞めたいです」と伝えた。

 

「好きなことって?」

「踊ることと、書くことです」

 

神妙な顔をしていた社長が、ハハッと笑った。

 

「その理由ならいいよ、応援する。若いうちに思いっきりやりな。あと変な男には騙されないように」と、笑いながら社長は言ってくれた。ありがたくて泣いた。

 

そうして、「ここを辞めたら死ぬ」と思っていた会社を辞めた。

 

 

その後、実績のないままライターを名乗って仕事を始め、がむしゃらに書いて発信する仕事をしていたら「高知でよさこいを踊りませんか?」という仕事依頼がきた。それがきっかけで真剣によさこいを始めた。

 

仕事を辞めて3年経った今、私は、書いて、踊って、生きている。

ブランクは長かったが、最近はわりと人生が楽しい。

 

#わたしの転機

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長野県・上山田温泉と、わたしの尊い女友達たちのこと。

 

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答えてくれる人のいる人生はきっと心健やかで、「温泉に行きたい」とメールした数秒後に「行きたい」と返信をくれる女友達がいるわたしの人生はきっと最高に尊い

 

 

 

昨年11~12月。

高知に移住したものの「8日間コンビニとスタバの店員さん以外の人と直接会わない話さない」みたいな日々を過ごし、寂しすぎて心が死んだ。

 

見かねた東京の女友達がLINEグループ「寂しい人たち」を作ってわたしをぶち込む。

グループのメンバーは3人。

こっちもいい具合に寂しくて笑う。

 

 

寂しさがわたしの臨界点を超えた12月8日。

グループにこのLINEを投下した。

 

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すぐにメンバー全員の既読がついた。

 

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1分後に温泉旅行が決まった。

寂しい奴らのフットワークはマジで軽い。

 

 

あれから2ヶ月と少しが経った、昨日2月22日。

 

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寂しい人たち、佐々木ののかナカノヒトミと3人で、長野県の上山田温泉に行ってきた。

 

フリーで書くことを仕事にしている彼女たち。

好きなことしかできない。

正直に思ったことしか言えない。

コミュ力は高いけど防御力は弱い。

ニコニコする根暗。

両人わたしのドンピシャすぎるよ。

 

合流したのが昨日14時で、解散したのが今日の12時。

たった22時間の楽しい愛しい寂しくない旅行記を脳内リプレイしながら、長野駅でひとりこのブログを書いている。

 

ここからダラダラと温泉旅行を振り返る。

 

興味のない人にも、離脱前にこれだけは伝えたい。 

女友達と温泉街で飲むビールは、世界一の美酒です。

 

 

それではハイライト。

 

 

愛されフォルムすぎるナカノ。

新宿から高速バスで小諸駅にやってきた佐々木ののかと私を、長野県在住のナカノが車でピックアップ。

 

目的地の上山田温泉街までは車で約1時間。

気持ちいい晴天のもと、ウキウキなドライブが始まる。

車内にうっすらと男性の断末魔みたいな声が響いていると思ったら、BGMがクリープハイプだった。

 

途中で、上田市にある「道と川の駅 おとぎの里」に寄る。

 

 

やらかす。

 

 

おとぎの里から上山田温泉街への道中。

前日が朝4時就寝につき寝不足な佐々木ののかが、どんどん大人しくなってくる。

 

のの「ごめん、ちょっと10分だけ寝ていい?」

ナカ「いいよいいよ、気にせず寝てて」

真崎「のんのんおやすみ」

のの「ごめんね~おやすみ~…」

 

真崎「ナカノ、今日の晩ごはんってさ」

のの「5枚つづりのチケットで食べ歩きだよ」

真崎「ありがとうのんのん、でも寝ような?????」

 

この後も同様のやり取りを繰り返す。

結局佐々木ののかが1睡もすることなく目的地に着いた。大丈夫かよ。

 


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ナカノが見つけて予約してくれたこちらの宿。

全体的に最高だったのでよかったら泊まってください。

またこの後で露天風呂のことなど書きます。

 

 

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時刻は16時。

まだ飲み歩きタイムには早いけど、せっかくなので硫黄のかおり漂う温泉街をプラプラとお散歩する。

 

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ナカ「ここ、わたしの推し廃墟なんだよ」

のの&真崎「推し廃墟!!!!」

 

この廃墟は元ホテル。

取り壊すにも修繕するにもお金がかかり過ぎるらしく、どうにも手が出せずに放置されたままとのこと。

 

ナカ「ここなにかに使えないかな」

のの「中にコケとか植えたいよね」

 

 

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全員「「「 この廃墟もすごいね 」」」

 

 

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のの「真崎、新世界だぞ」

真崎「串カツとハイボールしたい」

のの「またやろうな」

 

 

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真崎「らぶ・ちびくろ」  

ナカ「らぶ・ちびくろ」

のの「らぶ・ちびくろ」

真崎「声に出したくなる日本語」

 

 

 

目に入るあらゆるモノの揚げ足をとって発信することがライフワークなネット民3人です。

 

 

 

時刻は18時半。

ここからわたしたちの夜が始まる。

 

peraichi.com

 

この日は「戸倉上山田温泉バル」なるイベントの開催日。

 

あらかじめ5枚つづりのチケットを購入し、温泉街にある飲食店、遊戯店、温泉やホテルを訪問。

各地でチケット1枚と引き換えに、規定サービス(焼き鳥2本とビール、射的、温泉利用など)を受けることができる。

 

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イベント参加店は全31店。

 

真崎「チケット5枚分、どこ行く?」

ナカ「射的がいっぱいある」

のの「とりあえず射的は1つ行こう」

 

真崎「あとは」

ナカ「スイーツとかもあるね」

のの「え~迷うね~~、でもとりあえずは」

 

真崎「ホルモンかな」

ナカ「ホルモンだね」

のの「ホルモンだろ」

 

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ホルモンしました。

チケット1枚でホルモン1人前とドリンク。

迷いなく2枚を消費してホルモンホルモン。

 

 

 

焼き鳥、ホルモン、長野名物のおやきを食べて、各店でもれなくアルコールを摂取。

長野の外気が冷たすぎてあまり酔っ払えなかったけど、3軒で合計3時間、食べて飲んで愉快な気持ちになる。

 

旅館に戻るまえに、ファミマで買い出し。

 

のの「これは全員な」

ワンカップ大関を強制購入させる女。

 

 

旅館に戻ったら、いよいよお楽しみの温泉。

 

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上山田ホテル公式HPより)

 

3人で貸し切り状態だった露天風呂。

手前が熱め、奥がぬるめなお湯で、手前で体をあたためた後に奥の湯へダイブして長々と湯に浸かる。

 

温かいお湯に浸かると、ふにゃふにゃと心がほぐれる。

ゆるむと、歌う。

 

真崎「どこっかに~ 元気を落っことしても」

二人「……」

 

真崎「葛っ飾 柴っ又 あく~びをひと~つ」

ナカ「真崎さんがずっとソレ歌うから頭から離れない」

真崎「こち亀で洗脳」

 

ふにゃふにゃとサウナに移動。

サウナの隣には謎のティースペースがあり、頭に「???」を浮かべながらみんな全裸で紅茶を飲む。とてもおいしかった。

 

 

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存分に長風呂をして、部屋に戻って最終ラウンド。

 

お風呂あがりの、アルコールを入れながらの、日付をまたぐ時間帯の。

頭がふわふわする要素フルコンボ状態。

 

少しの眠気を感じながら、とりとめのない会話をする。

 

 

ナカ「死にたいって思うことある?」

真崎「ある」

のの「ある」

 

ナカ「どんなとき?」

真崎「つらいことから逃げたいとき」

ナカ「同じだ」

真崎「ぶっちゃけ全然死にたくないけど、死んだら今後一切の苦しさから解放されるんかな~とか思うと、どっちがええんやろなって思ったりはする」

 

のの「わたしは、どんな時だろ」

真崎「のんのんは、逆につらいことがあっても対人関係で苦労しても『アイツを殺すまで生きる』って生き続けてそう」

のの「分かる、否定できない」

 

 

ナカ「ののかちゃんみたいに、怒れるのいいなと思う」

 

のの「ナカノは怒らないの??」

ナカ「うん、なんか怒り方が分かんないんだよ」

 

真崎「のんのんは、昔から怒るときあった?」

のの「うん、中学の教室で1回イス投げたよ」

真崎「思春期のナイフ全開かよ」

 

のの「ナカノ、めっちゃ怒ったエピソードとかない?」

ナカ「う~ん、、、、あ、1つあるよ」

のの&真崎「おおお!!!どんな!!!(身を乗り出す)」

 

ナカ「大学時代だけど、旅行先で元カレにキレて」

のの「キレて??」

 

ナカ「その場でバス乗って長野に帰った」

真崎「ウケる」

 

 

ナカ「怒れる人、羨ましいんだよね」

真崎「うそ、なんで?」

 

ナカ「怒りをモチベーションにしている人って、文章とか、音楽とか、なんかすごい力強いじゃん。わたし、そういうのないから」

 

真崎「確かに、怒りのエネルギーって強いけど」

ナカ「うん」

 

真崎「ナカノが言う人たちは、怒りの表し方というか、ただただアウトプットが上手いんやと思う」

ナカ「あぁ~」

真崎「ツイッターで『安倍ガァー』ってキレてるおっさんとか見てられへんやん」

ナカ「あぁ、そうだね、そうだ」

 

 

のの「ナカノはそれでいいと思う」

ナカ「そうかな」

のの「怒りなんてないほうが健全ってかヘルシーだよ」

 

真崎「怒りたい?」

ナカ「ううん、そういえば全然」

真崎「なんやね~ん」

 

 

午前1時半、就寝。

 

 

 

7時に起きるぞ~と意気込みながら、7時55分起床。

半分死んだような寝ぼけ顔で朝食会場へ行く。

女友達との旅行は気兼ねなく死ねるからいい。

 

のの「納豆、3パックまるまる食べちゃうんだよね」

ナカ「マジか」

真崎「分かる、1パックじゃご飯に比べて少ない」

のの「えっ、わたしご飯なしで3パックだよ」

真崎「えっ」

ナカ「えっ」

 

 

午前10時、チェックアウト。

 

お昼の解散までにはまだ時間がある。 

30分ほどドライブして、到着したのは上田駅近く。

 

 

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ナカ「古本屋さんとカフェが一緒になったお店なんだ」

のの「え、なにこの最高の場所」

真崎「永遠にいられる」

 

たくさんの本を手に取り、読み、いろいろ買った。

「ここに来たら本買いすぎちゃうんだよ~」と眉尻を下げるナカノは、暮らしがテーマの大きめな本を2冊抱えていた。

 

 

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至福のひとときを過ごして、ふたりとはここでお別れ。

 

のの「次いつ東京くるの?」

真崎「ん~4月くらいかな~」

のの「ダメだよ、3月」

真崎「早い」

 

 

信頼できる女友達と行く、一泊二日の温泉旅行。

心がとてもゆるんだ。

なんだこの最高すぎる娯楽。

 

このブログを書いている21時半。

もうこの出来事が3日前くらいに思えてしまう。

長野駅でバスを待つわたしも、明日の朝には大阪。

 

 

ナカノ、のんのん。

寂しいわたしの誘いに秒でのってくれてありがとうな。 

次は別府な。

 

 

そんなワタクシゴト日記です。

持つべきものは優しく根暗な女友達。

 

 真崎

 

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だから、わたしは結婚したい。

 

「みんなが結婚するから私も結婚しなきゃ」

 

そんな他者比較から慌てて婚活を始めるアラサーアラフォーに苦言を呈する文章をよく見かける。他人がどうこうに関係なく「自分がどうしたいのか」と真摯に向き合えよってやつ。

 

そうなの、まさにその通りなの。

 

ところでわたしは結婚したい。

だってみんなが結婚するからです。

 

 

******

 

先日、池袋に行ってきた。

 

1年半前まで住んでいたシェアハウスが解散することになったのだ。

 

大学時代からずっと仲の良い女。

ひたすらノリの合う男。

他の住人も愉快で気の合うメンバーばかり。

 

そのシェアハウスでは、「他人との共同生活」という緊張感をほんの少しだけ残しつつ、家族以上に家族な居心地のよさを感じながら暮らしていた。

 

 

冬になると、正方形の小さなホットカーペットに5人がギュっと固まる。

そして、フニャフニャと当て所もない会話をする。

 

「あったかい」

「居心地ええな」

 

「なんかさ」

「うん」

「わたし、あんま彼氏いらんかも」

「分かる」

 

その頃はみんなで「はぁ~彼氏ほし~」と口癖のように言っていた時期。

たまに奮い立って合コンに行ったりしては、仲良くなった人と2~3回会ってそのまま終わる、みたいなことを繰り返していた。

 

 

「この家におったらさ」

「うん」

「寂しくないから彼氏いらんってなる」

 

「分かる、それちょっとヤバいよな」

「ヤバいけど抜けられへんよな」

「一生結婚できひんやん」

 

 

「え、いま彼氏彼女おる人??」

 

「………」

 

 

「ちょwwやばい全員フリーかよwwwww」

 

「そしたらみんな一生ここで暮らそwww」

「いやホンマそうしよwwww」

 

そうケラケラ笑いながらダラダラ夜更けまで話す。

 

 

とても楽しい日々だった。

 

この家なら、このメンバーなら。

ずっと一生いっしょに暮らすのも楽しいかもしれない。

 

そんなことを思いながら、ふらっと沖縄移住して自ら出て行ったのだけど。

 

 

********

 

 

解散パーティ当日。

 

10畳のリビングには、現住人の5人、元住人のわたし、よく遊びに来る友人たち、そして男性メンバーの彼女がいる。

 

「シェアハウス出た後どうするん」

ピザを齧りながら、メンバーの一人に聞いた。

 

「ん~彼氏と同棲する」

「マジか」

「たぶんその人と結婚するわ」

「マジか」

 

 

「そっちは??」

メンバーの男友達にも聞いた。

 

「俺は、もう入籍すんで」

「マジか」

「だから一緒に暮らす」

「マジか」

 

んふふ、と彼女がかわいく笑う。

お前、ホンマいい子捕まえたな。

 

 

そうか、そうよな。

 

そら、みんな結婚していくわな。

結婚したいって言ってたもんな。

言うてうちら28歳やもんな。

そこそこ好き勝手したし次行きたいよな。

 

 

”そしたらみんな一生ここで暮らそ”

”いやホンマそうしよ”

 

 

そんなこと言って笑いながらも、この空間が一時的なものやって、全員分かってたもんな。

 

 

 

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ひとり暮らしができなくなった。

 

前は平気だった。

でもできなくなった。

シェアハウスを経験してからできなくなった。

たった2ヶ月だけ住んだ高知のマンションも、つい先日解約してしまった。

 

 

寂しすぎたのだ。

 

 

ひとりで暮らすのが、本当に寂しい。

ただ「寂しい」というだけの感情が、わたしには泣けるほどに苦しかった。 

 

わたしの暮らしに「他人」がほしい。

言葉を交わして笑って過ごせる「他人」がほしい。

 

 

でも、誰でもいいわけじゃない。

 

沖縄で3つのシェアハウスに住んで分かった。

 

ただ「他人」なだけではダメらしい。

慣れもあるけど、そもそもの波長があるらしい。

波長が合う人とじゃないと、落ち着いて同じ空間にはいられないらしい。

 

 

池袋のシェアハウスは、波長が合っていたらしい。

 

じゃあ、そんなシェアハウスを探せばいい。

ひとりで暮らしたくないなら、そんなシェアハウスを探してまた住めばいい。

 

 

 

 

”彼氏と同棲する”

”たぶんその人と結婚するわ”

”俺は、もう入籍すんで” 

 

 

 

でも、みんな結婚していった。

 

 

 

若者が集まるシェアハウス。

そこには思っているよりずっと短い消費期限がある。

 

池袋のシェアハウスは、メンバーの結婚・婚約とともに期限を迎えた。

 

結婚でなくても、転職、移住、世界一周。

メンバーのあらゆるステージ変化に合わせて、シェアハウスは簡単に形を変え、最後には消滅する。 

 

 

 

 

住む場所を変え、場の形態を変え。

たくさん体験してたくさん思考した。

 

「自分はどうやって生きていきたいか」

経験と感情に照らしながら、何度も自問した。 

 

 

そして、こう思うようになった。 

 

 

ひとりは寂しい。

こころ許せる他人といっしょに暮らしたい。

 

 

その手段として、「結婚」が一番分かりやすい。

 

だって、みんな結婚していくんだもん。

 

 

 

だから、わたしは結婚したい。

 

今はそんなお気持ちです。

 

 

  

真崎 

 

 

 

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2018年1月1日。そうだ、新世界行こう。

 

高校生のときに見た、ある日のダウンタウンDX。

雛壇にはお笑い芸人の矢野兵動

 

兵動が言った。

 

「大阪の新世界は、めっちゃおもろい」

 

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「なにがおもろいってな、もうアレやねん、意味分からんおっさんがいっぱいおんねん」

 

「俺が新世界行ったときに見たんは、自動販売機と自動販売機の間に挟まって寝てるおっさんやった。ビックリして俺がそのおっさん見てたら、突然そのおっさんがカッと目開いて『なに見とんじゃああああああああ!!!!』って怒鳴ってきたからな」

 

 

 

数年後。わたしは大学4年生。

東京の女友達が関西へ遊びにきたので、いっしょに大阪をぶらぶらすることになった。

 

友「大阪でオススメのスポットある?」

私「大阪のオススメ……オススメなぁ……」

 

 

”大阪の新世界は、めっちゃおもろい”

 

 

私「あ、わたし新世界行ってみたいねんけど」

 

友「行ってみたいって、行ったことないの?」

私「ない」

 

友「なんで行きたいん?」

私「自販機の間におっさん挟まってんねんて」

友「は?」

 

そして、友人とともに初めて降り立った新世界。

 

残念ながら自販機に挟まったおっさんは目撃できず。

しかし、たこ焼きを食べて通天閣を眺めて串カツを食べながらダラダラ話して、シンプルに楽しい時間を過ごした。

 

この場所の空気感が、なんとなく好きになった。

 

それ以来、ふと気が向けば新世界に行っている。

 

ぶらぶらと商店街を歩き、口の悪いギャルが腕をふるうたこ焼き屋さんに並び、ひとりハフハフと照り焼きソースのタコ焼きを食べるなどしている。

まだレアなおっさんには出会えていない。 

 

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2017年12月。

 

「年末年始、真崎んち行っていいかな」

ライター仲間の佐々木ののかが連絡をよこしてきた。

 

実家の両親に確認したら「あの佐々木ののかか!!!」とたぶん快諾してくれたので、年末年始を彼女とともに過ごすことになった。

 

せっかくなので、初詣ついでに彼女を関西の楽しいスポットへ連れていこうと行先を考える。

 

そして、思いついた。

 

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そして、こう返ってきた。

 

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彼女はゴリラなので、乗り気になるとキレる。

 

 

そんなわけで、2018年1月1日。

 

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こんな1日になりました。

以下ハイライトです。

 

  

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まずは初詣。

福の神えびすさんのちょうちんが目印、商売繁盛のご利益でおなじみの今宮戎神社にやってきた。

 

今年はお互いにライター4年目。

「お互い自分の行きたい方向に進みながらちゃんとお金も稼ごうな」と大晦日に誓ったばかり、えびすさんにも宣誓する。

  

それぞれお祈りを済ませ、おみくじを引く。

 

 

私「待人こなくて縁談ととのわないヤバい」

の「私は縁談まとまるから急ぐなだって」

私「いいな、待人も来るじゃん」

の「ね、でも産後は注意らしい」

私「わたしの産後は軽いぞ」

産後マウンティング。 

 

 

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今宮戎神社から歩くこと数分。

通天閣がそびえたつ新世界の入り口へやってきた。

 

私「通天閣のさ」

の「うん」

私「すげー堂々とした日立のアピールが好き」

の「分かる好き」

 

商店街を進む。

 

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の「ガチャの穴場だって」

私「看板の明朝体が最高」

 

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私「のんのん」

の「はい」

私「コレやっt「嫌だよ」

 

私「いらんけど中身気になる」

の「どうせちっちゃいオモチャとかだろ」

私「さすが先パイ」

の「怒るぞ」

 

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私・の「たこ~~~~!!!!」

 

私「やべぇ……たこめっちゃかわいい……」

の「この『たこ』って刺繍もすごくいい……」

私「ダメだ……たこ欲しい……」

の「ね……このたこ欲しいよね……」

私「たこ買う……ちょっとお金おろしてこよう……」

の「あ、わたしもおろす……」

 

お金をおろす間にたこへの熱は冷めた。

 

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の「え、これめっちゃかわいくない?」

私「これめっちゃのんのんっぽいやつじゃん」

の「え、え、え、どうしようほしい」

 

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の「今の服には合わないけど超いい」

私「いいね、写真のカオも闇深くて好き」

の「うるせぇ」  服はお買い上げ。

 

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時刻は14時、食事と飲酒のお時間です。

  

の「真崎さんオススメの串カツ屋さんどこ」

私「忘れた」

の「じゃあ適当なとこ入ろう」

 

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こちらに入った。

 

まずはお酒の注文から。

わたしはコークハイ、彼女はハイボールを頼む。

 

すると、店主がチンチロセットを持ってやってくる。

主「ハイボールのお客さんは、チンチロしてね!」

 

サイコロの目の合計が偶数なら料金がオトクに、奇数ならメガジョッキ(料金も倍)になるらしいサービス・チンチロハイボール

満を持して佐々木ののかが挑戦する。

 

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絶対そうだと思った。

 

の「わたし本当チンチロ弱いんだよ」

私「チンチロ弱いとかあるんだ」

の「いつも負けるしベロベロになる」

私「勝敗抜きでも大体ベロベロだよな」

 

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ひと串80円~の安くておいしい串カツたち。

ソース1度づけで串に齧りつき、ハイボールで流す。

大正解すぎる元旦。

 

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カドヤのイチオシメニューは、こちらの土手焼き。

これが、本当に、本当に、本当にめちゃくちゃ美味しくて、ふたりで発叫したら店主に笑われた。

 

主「これ、美味いでしょ」

の「いや、もう本当に美味しいです」

主「隠し味使ってんですよ」

の「え~なんですか」

主「まあヒミツだからな~」

そう言って、店主がいそいそとキッチンに入る

 

と思いきや、10秒後に戻ってきて

主「牛乳だよ」

ヒミツの暴露が早い。

 

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土手焼きは白ごはんにかけると美味いよ~と店主。

感動のあまり2つ目の土手焼きを注文した私たち、慌てて白ごはんも追加する。

これもマジで美味い。

美味い以外の語彙は不要。

 

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主「元旦だからお雑煮のサービスですよ~」

店主のおっちゃんに募る愛しさがすごい。

 

モリモリ食べて飲み、会計はひとり1500円。

これだから新世界で飲むのは最高。

今後はカドヤを贔屓する。 

 

 

いい具合にほろ酔いながら店を出る。

佐々木ののかは「お腹いっぱいだけど飲めるよ」と飲み歩き態勢バッチリ。

 

ぶらぶら歩いていると、昔ながらのこんなお店が目に入る。

 

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の「スマートボールしたい」

私「いいね」

スマートボールをすることにした。

 

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店内は意外にもほぼ満員。

スマートボールは新世界でも人気のアミューズメントらしい。

運よく2つ空いていた席に並んで座る。

 

料金は、1回100円。安い。

さっそく100円硬貨を投下する。

 

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私・の「おおおおおおお~~~~~~!!!!!」

 

ジャラジャラ出てくる玉に感動して叫ぶ。

どこのおのぼりさんかよ。

 

ここからはそれぞれ真剣に玉を弾いて得点を狙う。

スコアゾーンに入るとかなり嬉しい。

 

私「これはパチンコはまる気持ちが分かる」

の「ね、やばい」

 

玉が尽きたところで止めた。

隣を見ると、同じく玉のなくなった佐々木ののか。

 

の「課金する」

私「こいつ」

 

追加の100円分もなくなったところで終了。

 

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あまりにも寒いので、温かいものがほしくなる。

 

の「ご飯はもういいけど、焼酎のお湯割り飲みたい」

私「分かる」

 

適当なお店に入った。

 

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たこわさをアテにひたすら焼酎を飲む時間。

数十分後にできあがった女がコレです。

 

 

時刻は17時。

店を出る。

 

帰りにローソンで棒アイスを買い、外で歩き食いしながら「あぁ~マジさみぃ」と寒くてキレる佐々木ののかを一発だけ殴った。

 

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そんな新世界ニューイヤーでした。

おめでとうございます。ありがとうございます。

2018年もどうか何卒。

 

今年もふらっと新世界に行くつもり。

カドヤにいたら声かけてください。

 

真崎 

 

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エモい荻窪、エモくない代官山。

 

「代官山は、カラーがないから住みやすいの」

 

そう話す友人・佐々木ののかは、代官山という一等地にひっそりと建つ築50年のトタン小屋に住んでいる。街のカラーは知らないが、台風がくれば一発で吹き飛びそうなボロ家の個性は逆にすごい。

 

「なんか、代官山って表面的なんだよ。街並みも人も、表面的にオシャレで立派。で、それだけなんだよね。それ以上のものがないから、思い入れも生まれない。だから、逆に安心するの」

 

そんな話をしながら、代官山の街をふらふら歩く。

 

赤信号に足を止める。

向かいの歩道には、ふわふわの小型犬をつれたご婦人。

高そうなコートを着ている、気がする。

 

「なるほど、あれが代官山か」

「真崎、それはさすがに偏見」

 

 

その日は彼女の物件探しを少し手伝った。

ネコが飼える家に引っ越すらしい。

 

「どの辺がいいの?」

「特にココってとこはないんだよね」

 

「中央線沿いは?」

「中央線沿い?」

「吉祥寺とか、高円寺とか、荻窪とか」

「絶対ダメ!!!!!」

 

彼女が叫ぶ。

ビックリした。生理前かよ。

 

 

中央線周辺は、言わずと知れた人気居住エリアである。

 

不動産・住宅情報サイトのSUUMOが発表した『住みたい街ランキング2017・関東』では、吉祥寺が恵比寿を抜いて、堂々の1位を獲得した。

少し下位だが、18位に中野、24位に荻窪がランクインしている。

 

佐々木ののかは、もともと下北沢に住んでいた。

その後2ヶ月だけ荻窪に住み、代官山に流れついた。

荻窪に住んでいた期間はかなり短いけど、その街自体はわりと気に入っていたはず。

 

荻窪よかったんじゃないの?」

荻窪はよかったよ」

 

荻窪が好きながら、たぶん他の中央線エリアも好きになれると思うのだけど。

 

「なんでイヤなの?」

少し悲しげな顔の彼女に聞く。

 

 

「だってさ、

 

 

荻窪、エモいじゃん……」

 

 

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荻窪はエモいの。てか中央線沿いってエモさがすごいの。

 

うっかりエモい場所に住んじゃったら、街に愛着湧くじゃん。そうなると離れられなくなっちゃう。

 

だからエモい場所には住みたくないんだよ。だからエモさのない代官山なんだよ。代官山はラクなんだよ。わたしが住むには、荻窪はエモすぎるんだよ……」

 

思い入れを持つのが怖くて住めない荻窪・中央線。

思い入れがないから安心して住める代官山。

 

「なんかアレみたいだね」

「なに」

 

荻窪は本命の既婚者、代官山はどうでもいいセフレ」

「あ、そんな感じ。あと下北沢は別れた元カレ」

 

 

*****

 

荻窪はエモい」

「代官山はエモくない」

 

その感覚は、なんとなく分かる気がする。

なんでだろう。

 

荻窪や中央線エリアが持つ独特のエモさはなんだろうねって話をしたら、彼女は「地元感」と翻訳した。「地元じゃないのに、なんか地元なんだよね」と。分かる。

 

彼女はその「地元感」に対して「なんか実家っぽいんだよね。近づくと離れられない、ズブズブの共依存的な安心感がイヤ」と、エッジの効いたこじらせを見せた。

 

じゃあ「場所のエモさ=地元感」かといえば、彼女は「でも、下北沢はエモいけど地元って感じではないんだよね~」と言う。

分からないけど、分かる気もする。

 

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私が17年間住んでいた、京都・精華町

ザ・地元である。

 

豊かな自然が多く、都会ではなくとも開発の進んでいる町で、わたしも好きな場所ではある。

 

でも、精華町はエモくない。

 

完全に感覚の世界だけど、精華町はエモくないのだ。

地元だけどエモくない。

地元感もなくはないけどエモくない。

 

小学校と中学校は町立校に通っていたので、思春期の思い出もたくさん詰まっている、のに、なんかエモくないのである。

 

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一方で、大久保はエモい。

 

大久保は、宇治市にある近鉄線の駅である。

この駅からバスで15分の高校に通っていた。

 

駅前のミスドを見ると、部活帰りにみんなと寄り道して2つも3つもドーナツを買って電車に乗り込んだことを思い出す。

 

マクドに行くと、部活が休みの日にみんなで寄り道してポテトのLサイズを食べながらひたすらキャイキャイ話した恋バナを思い出す。

 

高校まで続く長い坂道を見ると、高1のときに好きだった男子を誘って夜の帰り道をドキドキしながら歩いたことを思い出す。「そっち危ないから」といそいそ道路側に来てくれて死んだ。その後フラれてまた死んだ。

 

大久保駅から出て街を歩き、いろんなお店や道を見るだけで、どうしようもなく嬉しくて切なくて愛しい気持ちが込み上げてくる。そうこれはエモ。

 

 

このエモさの正体はさすがに分かる。

思い出ノスタルジーである。

 

過去の強い思い出がある場所には、その人にしか感じ得ないエモさが宿る。

精華町での思い出は「弱い」のかもしれない。

 

大久保自体は、フツーの住宅街である。

住んだことがない人をも郷愁に巻き込む中央線的なエモは、たぶんこの街にはない。

 

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沖縄の今帰仁村は、来た瞬間にエモかった。

 

この村は、とにかく「僕のなつやすみ感」がすごい。

透き通る広い青空、緑、花、虫の声、美しい海、スイカ、地元にいるおじいやおばあ。

初めてなのに懐かしい。

 

愛着の有無に関わらず感じられる今帰仁村のエモは、中央線のソレと同じ類かもしれない。

 

 

 

 

 

「次に住む場所さ、下高井戸ってどうかな……?」

佐々木ののかが私に聞く。

 

「どこそこ?」

京王線の駅」

 

「エモさは」

「たぶん代官山以上、荻窪未満くらい」

「分かりみ」

 

地名の響きと京王線という立地によるイメージ。

 

「なんかエモい」「なんかエモくない」

根拠はないけどなんかあったりなかったり。

そんなエモ。

 

真崎

 

 

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恵まれて幸せに育ったわたしコンプレックス

 

「 たぶん、わりと恵まれて育ったと思います。

 

 

1989年に大阪で生まれました。

おにいちゃん2人の末っ子長女です。

 

小さい頃の記憶……

正直あんまり残ってないんですよね。

 

お母さんコワいわ~とかはありました。

財布から100円盗ってクッソ怒られたりして。

でも家族旅行とか多くて楽しかったですよ。

 

 

中学校のときなんかもうただの優等生ですよ。

成績はオール5だったし塾でも1番でした。

全国模試でも上位入ったりして超天狗です。

 

ソフトテニス部だったんですけど、前衛メンバーの中で1番上手かったのでエースとペア組んでました。

地方の大会で優勝しては調子のってたと思います。

 

余談ですけど当時は男子のエースが好きでした。

めっちゃ競争率高かったし見てるだけやったけど。

卒業式で撮った2ショットとか当分家宝でしたよ。

そこは率直にキモい子でした。

 

 

経済面で苦労を感じたことはなかったです。

両親ががんばって働いてくれてたので。

それはもうただただ感謝ですね。

 

高校は西日本で1番学費が高い有名私立でした。

ここでも成績上位10名とかで表彰されてて「わたし天才やな」ってあん時はずっと思ってました。

 

部活は吹奏楽部でクラリネット吹いてました。

これは正直わたしあんま上手くなかったです。

コンクールもメンバー落ちしてました。

でも部活内では目立つポジションでしたよ。

劇の脚本書いてダンス作って主役もやってイベント盛り上げて、すっげーシャキってました。

 

 

で、そのまま立命館に内部進学です。

人生で受験勉強がんばったことはほぼないですね。

高校受験も成績良かったんで推薦でした。

 

文系で1番学費高い学部に入ったけど、親が全部出してくれていました。

もう今でも親には頭が上がらないですね。

というか当時より今こそ上がらないです。

 

バイトはしてましたよ。

遊ぶお金くらいは当然自分で稼いでました。 

 

何のバイト? 4年間ダイソーの店員です。

あと男性向けの怪しいマッサージ店でも働きました。

 

あ、そうですコレです。

医者マンに「10万で握って」と言われたアレです。

 


大学時代はマジで楽しかったですよ。

 

バレーサークルも本気でやりました。

他にもやりたいこと全部片っ端からやりました。

 

学業もそこそこに新聞記者やってフリーペーパー作ってデカい祭りでMCやってTVレポーターして、就活が始まればインターンに参加しまくり。

典型的な「意識高いシャキシャキ女子大生」でした。

 

 

ここまでのつらい経験、となると。

 

中学で1ヶ月だけ男子にいじめられました。

以来男子がずっと怖かったですね。

モテもしなかったので恋愛弱者まっしぐら。

今でもスクールカースト上位男子恐怖症です。

 

あとは、小学校5~6年時の人間関係とか。

あの悪名高い「女子グループ」ができ始めた頃です。

誰が好きだ嫌いだ仲間外れだって毎日騒いで、人間不信にならんほうがおかしいですよ。

 

あとは、テニスのスランプとか。

コンクール落ちですげー泣いたとか。

高校時代は3回恋して全部フラれたとか。

 

家族内でも一時期いろいろありました。

人間関係のトラブルはまぁちょいちょいありますよね、組織にいると。

 

 

でも、まぁ。

大学時代まではそんな感じじゃないですかね。

 

大した挫折なんかせず、

お金や学力や社会性でそこまで苦労することもなく、

むしろ上記では強者であることが多く、

 

楽しくお気楽に、ぬくぬく生きてきたと思います。

 

 

 

そんなわたしが、こんなん書くじゃないですか。

 


食えててすごいねって言わないで。

そんなのどっちだっていいよ。 

 

とか言い出すわけなんですけど。

 

 

「苦労したことないからこんなことが言える」

「地に足ついてない脳内花畑の戯言」

 

みたいなメッセージが、マジで届くんですよね。

いやー、メンタルやられた。

 

この記事そこそこバズったんですよ。

がんがんシェアされて6万PVくらい伸びました。

 

それでいて、センシティブな内容じゃないですか。

だからネガコメが一定数くるのはもはや自然の摂理だったんですけどね。

 

やっぱ否定的な言葉って殺傷力がありますよね。

ネットで9年文章書いてるけど、こればっかりはやっぱり慣れないですよ。 

 

 

で、コレですよ。

 

タイトルのやつ。

「恵まれて幸せに育ったわたしコンプレックス」

 

 

平たく言えば

 

”苦労したことないお前の言葉に、説得力はない”

 

ですよ。

 

 

まぁこれ普段は誰が言ってくるわけでもなくて。

ある時期から完全に「自分が自分に向けて」勝手に思い始めたモンなんですけどね。

 

いまはもうほぼ消えていますよ。

一応言うときますね。

 

 

でも、アレですよね。

 

「恵まれて育ったことがコンプ」とか何様ですよね。

 

それこそ完全に炎上用ガソリンですよね。

フザけるな気分悪いわと感じる方にはもうひたすら申し訳ないけど、この後読むの止めてもらったほうがいいと思います。

 

今からこのコンプをこじらせた話ですからね。

大丈夫な人だけ読んでくださいね。

 

 

 

 

大学3年生で就活始めてから、自己啓発系のキャリアセミナーにドはまりしていた時期があったんですね。

大学生向けのプログラムでした。 

 

”人には使命がある”

”お前は何のために誰のために生きるのか”

 

そんな感じで、自分の想いとか人生の目的についてひたすら向き合うみたいなことを、こう、すっげー集中してやるんですね。

 

そのセミナーに1度参加すると、次回からは「アシスタント」として参加できるんです。

参加する大学生をサポートする役割です。

もうめっちゃアシスタントやってました。

 

 

セミナー受講生は、自分の「過去・現在・未来」をゴリゴリに深堀していくんですね。

 

過去はすべて今と未来に繋がってるからっていう。

だからまずは過去をガッツリ振り返るんです。

 

受講生には、つらい過去を抱えた人もいました。

 

成功体験が少なくて自信が持てず、自分の未来に希望を持てない人もいました。

 

 

そんな受講生の背中をガッツリ押せる人たち。

それが「過去の過酷な経験を乗り越えてきた人たち」だったんです。

 

両親の不仲や家庭崩壊

家族内で包丁を向け合う事件

ひどいイジメからの不登校

家が貧しく中学からバイトを開始

怪我で栄光街道から堕ちたスポーツマン

etc

 

彼らは、そんな境遇をかつては恨んでたらしいです。

 

でも、越えてきてるんですよね。

過去を糧にして、すげー前向きな姿でセミナールームに立ってるんです。

 

 

そんな人が、悩む受講生に言うわけですよ。

 

「大丈夫」

「できる」

 

 

もうね、説得力がヤバい。

言葉から溢れるパワーがすごい。

 

受講生の顔が、憧れと尊敬と「そうか、自分にもできるんだ!」みたいな荒ぶる胸の鼓動からギラギラし出すのが分かるわけですよ。

 

 

それ見たアシスタントのわたしが何思うかって。

「それ、ワテにはできねぇ」なんですよ。

 

ないですもん、乗り越えた過酷な過去なんて。

ぬくぬく生きてきて自己肯定感も高めがデフォ。

 

わたしの激励なんかなんの力もねぇなと。

受講生からも「いや、なんも苦労してないお前に言われたくねぇから」と思われてんじゃないかってビビってましたから。

 

 

*********

 

大学4年からは教育系の活動を始めました。

社会人になってからは不登校支援の会社に行きました。

 

 

大阪の貧困地域に住む中学生。

勉強が苦手すぎて自信皆無の生徒。

不登校の自分はもうこれから社会で生きていけない」とふさぎ込む生徒。

 

に、対して。

 

かつて経済的な苦労をしてきたけど、自分の努力で奨学金を得て大学に通う人の。

 

かつてまったく勉強できなかったけど、猛勉強して名門大学に入った人の。

 

かつて不登校だったけど、いま"社会"で立派に生きている人の。

 

かける言葉も、

もはや存在までもが、

 

圧倒的に子どもたちの希望なんですよね。

 

 

わたし、ビックリするくらい添えなかったんですよ。

 

勉強の教え方もヘタくそで。

真崎の教え方は「勉強デキる人目線」と言われて。

不登校の子から「先生にはわたしの気持ち分からない」と言われて。

 

全部、自分の力量不足や共感性のなさじゃないですか。

 

 

やのに、ここでコンプこじらせるんですよ。

 

「恵まれて幸せに育ったわたしコンプレックス」です。

 

 

めっちゃ覚えてますもん。

信頼する友だちに泣きながら言った言葉。

 

 

「わたしも勉強苦手やったらよかった」

「わたしも経済的な苦労すればよかった」

「わたしもつらい経験しとけばよかった」

 

 

 

「そしたら、もっとあの子の気持ち分かるのに」

 

 

 

 

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いや、もう見当はずれもええとこやろと。 

 

あらゆる人に対して失礼極まりない思考ですよ。

こんな考えなんも相手のためじゃないですよ。

 

自分のことしか見えてないですよ。

自分の存在価値を勝手に見失ってる奴ですよ。

「経験さえあればこの場で自分は必要な人間でいられる」っていう自己愛溢れるソレなんですよ。

 

 


わたしの目ぇ覚ましてくれたの、前職の上司です。

阿部さん。

 

この方、わりと不登校業界の重鎮なんですよ。

もう10年以上ここで頑張ってはる人です。

 

でも、不登校の経験まったくないですからね。

そやけど生徒からめっちゃ信頼されてますからね。

子育ての経験もないけど親御さんたちの相談に絶えずのりまくってますからね。

 

 

「相手の話を徹底的に聴くこと」

「生徒をよく観察して指導方法を考えること」

「必要なのは共感じゃなく情報と選択肢の提供」

 

阿部さんに教えてもらったコレ。

わたしの恵まれコンプ脱出のきっかけでした。

 

要は「経験はそんなに関係ないぞ」ってやつです。

相手の力になるうえで、大きな付加価値にはなるけど絶対条件ではないってやつです。

その通りすぎて首もげる。

 

 

そんなコンプを最近思い出しました。

ある人の記事を読んで「あぁこれめっちゃ共感するけどわたしには書けへんやつや、経験もないのに書いたらアカンやつや」と思ったのがきっかけです。

 

それを記事の筆者に伝えたら

「お前にはお前のできること書けることがあるだろ」

と一喝されて首もげました。

 

今後ともくだらぬコンプで腐らぬよう、自分のできることをやっていきますね。

 

長い話聞いてもらってありがとうございました。

それではまた。」

 

 

真崎 

 

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朝キャバのママが教えてくれた、6つの「色気を醸す方法」

 

「なぜ、真崎はモテないのか」

 

2年前まで友人界隈サークル会社とあらゆる所属コミュニティで語り尽くされてきたこの議題。

「顔面ボディ性格生き方にそこまで難があるワケでもないし一緒にいて楽しいタイプなのにおかしいな」と首をひねるお前ら全員わたしと付き合おうとしない件な。

 

で、この議論の着地点はいつだって

・実は真崎が彼氏を求めてない

・真崎に女としての自信がなさすぎる

・真崎に色気がなさすぎる

の3連コンボになりました。

 

大学時代に好きな先輩の家に泊まって朝までふたりで寝ころびながら夢中で話してついに明け方、先輩がキラキラした顔で「一緒にいてこんなにムラムラしない女は真崎が初めてだよ!」と言ったその晩わたしは泣いた。

 

以降、会社員を辞めるまでの数年間とにかく指摘され続けてきた「真崎に色気がない」問題。

 

そしてやっぱり自信もない。

会社員時代はそもそも仕事仕事で恋愛どころじゃなく、うっかりわたしを好きになって告白してくれた人たちには恐縮ながらなぜか生理的嫌悪感が湧いてしまう。

なぜどうしてよオヨヨヨヨと悩み暮れるわたしに友人は「真崎に女性としての自信がなさすぎるから『こんな自分を好きになるなんておかしいし気持ち悪い』と思っちゃうのかも」と言った。ナルホドそういうものなのか。

 

そんなわたしのカラカラな自尊心と色気。

満たすきっかけは朝キャバでした。

 


2年前の4月に会社を辞めてフリーライターになった。

そして副業として始めたのが朝キャバのバイト。

 

キャバ歴も色気も男性経験すらもゼロだった。

一方「長時間働きたくないし昼夜バイトしたくないしバイトするなら記事ネタになりそうな仕事以外したくない」とこちらもナイナイ尽くしでやる気ゼロの消去法から朝キャバを勤務先に選んだ。

 

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この朝キャバのママがまた極上に美人でな。

 

わたしが入店した当初のママは齢32の初期妊婦。

金色の長い髪をシンプルなポニーテールにした釣り目ネコ顔のキツめな美人が「今日もお客さん少なすぎだよ店潰れる!笑」と体験入店中のわたしにニヤッと笑いかけた。ドキっとした。ドモった。

 

ママはかつての池袋朝昼キャバの女王。

所属店で長くNo.1の座につき、現役を退いてママ兼社長になってからもママ目的のお客さんが続々来店した。池袋のキャバクラ界隈で知らない人はいない程の有名人だったらしい。

 

女のわたしですらまともに目も合わせられねぇ。

とにかくオーラがすごい人だった。

 

 

本入店が決まって週4出勤の日々が始まる。

待機室でドギマギしながら過ごして、ボーイに呼ばれてはオドオドと接客につく。

 

(うお~~~どうしよう苦手なタイプの人だ~~~~若くて可愛くてテンション高いのが好きな人だパリピだムリだ逃げてぇぇ~~~~しかし楽しませなければそしてドリンクも頼んでいただかねばぁぁぁぁぁぁしかし怖いムリだぁぁぁぁぁぁぁ)

 

邪念だらけでぎこちないワテ。

お客さんとも微妙な雰囲気。

 

「あー!前に来てくれたよね!」

 

そこに、颯爽とヘルプにくるのがママ。

ナチュラルモーションでお客さんの隣に座り、話し、ときにタッチしながらよく笑う。

 

「ねぇビール頼んじゃうね」

 

わたしが心の中で5億回深呼吸しないとトライできない最難関「ドリンクを頼む」だってさらりと超えてくる。キャリアが違うとはいえなんだこの色気と自信と接客スキルとオーラの差。

 

 

ママとは普段話すことも少なかったし遠い存在だった。

 

でもママが同じテーブルについた日には、接客後の空き時間にちょこちょこと悩みや相談を聞いてもらっていた。

 

「ドリンク頼むの苦手なんっス…」

「さっきの人楽しませられなかったっス…」

「今日のお客さんにいきなり『お前の色気はマイナス40点』って言われたんっス…」

「あと…その人に……「お前ピーマンみたいだな」って言われて………

 

「真崎ぃ!自信なさそうにしてたらダメだよ!お客さんにはこっちの自信がどうとか関係ないからね!」

 

ドビチーン!

その通りすぎてぐぅの音も出ねぇ。

 

「真崎は、たしかに色気がないね」

ドビチン

 

「マイナス40点って言われるのも分かる」

ドビチン

 

「でも大丈夫どうにかなるよ」

ドビ?

 

と、その後ママが都度教えてくれた「色気の醸し方」

それは高度な接客スキルでもなんでもなく、かつ日常でも応用できそうな「日々の心がけ」だった。

 

6つほど書いていきますので、どこかの自己肯定感低めな誰かの参考にでもなれば幸いです。

 

 

1. 姿勢を正す

 

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"背もたれに絶対もたれない"

"脚は組まずに両膝はできるだけつける"

 

「接客中はこれ絶対守ってもらうけど、待機室にいるときから姿勢は常に正しておいたほうがいいよ」

 

確かに色気のある人って姿勢がキレイ。

猫背の売れっ子に出会ったことがない。

そういや「歴代かるたクイーンはみんな姿勢がキレイだったわ」とも聞いた。ちはやふるの話です。

 

背中を伸ばし、へそに力を入れ、足を閉じる。

これだけはどこにいてもできる限り意識した。

 

以来、色気やオーラはともかく「姿勢がマジでキレイだね」と各所で褒められるようになりましたやったね。

 

 

2. 自分に合うサイズの服を着る

 

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「真崎、なんか服のサイズ合ってなくない?」 

 はいドビチン。すみません。

 

お店のユニフォームは白のカッターシャツに黒のタイトミニ。

カッターシャツを持っていなかったわたしは同居人の男物シャツをもらって着用していた。よってデカい。

昔から兄ふたりのおさがり服を好んで着ていて、大きめサイズには抵抗がなかった。

 

「ぶかぶかの服じゃ色気出ないよ!胸があるんだからまだキツいほうがマシ!サイズの合う服選びな!」

 

買った。レディースMサイズ。

Fカップにはキツく胸元が軽くはち切れそうだったけど、それはそれでウケ良し。

そして以降、男物を着るのは止めました。

 

 

3. 自分に合うカワイイ下着をつける 

 

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「真崎、ちょっとブラ見せて」

 

チラッ

 

「ちょっとウソこれはダメでしょwwww」

ママがダメ出し爆笑。

 

その日つけていたのはベージュの柄なしブラ。

当時からさらに3年前の就活時に「シャツから透けない!」と買ったもので、使い勝手が良かったためわりと愛用していた。

 

使い込まれた末にブラひもはねじねじ。

「これがお客さんが見たら萎えるわ!!」だってさ。

 

「下着屋さん行ってちゃんとサイズ測ってもらいな!安物じゃなくてちゃんとしたやつ買いな!あと無地ベージュとかダメ!カワイイのにしな!」

 

買った。ピンクのと黄色っぽいの。

初めて下着屋さんで1万円以上の買い物した。

 

下着を変えて、いちばん変わったのは気分。

見えない部分だし見せる機会もないからとあまり重視してなかったけど、かわいい下着をつけていたらそれだけでテンション爆上がるんだねビビった。

 

 

4. できればTバッグをつける

 

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「Tバッグはいいよ、おしりの形がキレイになる」 

 

ママごり押し。

これだけは今でも実践できていません。

 

 

5. 唇をぷるぷるにしておく

 

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「唇がカサカサしてると色気ないよ!」

さわる。カサカサした。マジかよ。

 

元々リップケアなどあまり意識してこなかった。

冬は乾燥してひび割れることもあるのでリップを塗っておくけど、キャバ勤務時は春夏。たぶん当時なにもつけてなかった。

 

「唇はセクシャルポイントだからね。唇がキレイでぷるぷるしてるだけで武器になるよ」

 

グロスを買った。

できるだけマメにリップクリームを塗るようになった。

特に褒められたことはないけどこれまた気分はいい。

 

 

6. 「すみません」より「ありがとう」 

 

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 「真崎、お客さんにドリンクもらったとき『すいません』って言ってるときがあるから気をつけな」

 

うっそー気付かなかった。

でも確かに言ってそう。 

 

当時は「自分なんかが人にお金を使ってもらったり奢ってもらったりするのが申し訳ない」と思っていた。奢られると「ううすみません」と謝ることもあった。 奢られる度にものすごいエネルギーを消費した。

その精神状態が、接客でもモロに出てたっぽい。 

 

そういう時は『ありがとう』だよ。お客さんも女の子の申し訳なさそうな顔見たいわけじゃないんだよ。喜ばせたくて自分で好きでお金使ってんの。なのにこっちが謝ったら酒がマズくなるよ!」 

 

ドッビチーン。

マジか謝っていいこと何もなかった。

 

人の好意を「申し訳ない」と思ってしまう思考を変えるのは容易じゃなかったけど、それからはもうハチャメチャに意識した。笑顔で「嬉しいありがとう」を言うようにした。

 

そして知った。

相手のために、相手を喜ばせたくてお金と時間を使い、結果相手が喜んでくれることは、当人にとってもわりと嬉しいことらしい。

 

気付いてからは「ありがとう」がラクになった。

 

 


 

そしてわたしは、今やこの店のNo.1キャストとなり、今日も大いなる色気でお客さんたちを虜にしている

 

 

 

ワケもなく、勤務から5ヵ月でお店はつぶれてわたしは専業ライターとなりました。ちゃんちゃん。

 

でもねママ。

朝キャバ経験とママアドバイスのおかげでわたしちょっと自信(と希望的観測で色気)が持てるようになったよ。

 

奢ってもらったら「ありがとう」と言えるよ。

デートに誘われたら「嬉しい」と思えるよ。

好きになってくれる人がいたら「オイオイ見る目あるなお主」とうぬぼれるようになったよ。

 

この調子で、アタイ自信もって幸せになるね。

ママ、あの時はありがとう。

 

 

追伸:しかしTバックのハードルは高い

 

真崎 

 

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