真崎ですよ

いろんな文章を書きます

金、使いたくてタイにきた。

 

”ライターの皮を被った無職” が板につき始めて3ヶ月が経った。

 

働いてないの? 何してんの? 税金納めてんの?

みたいな話になるじゃん。

 

ならない? 別に興味ない?

オーケーGoogle, よければ聞いて。

 

ちゃんと話すと長くなるので18字にまとめると「専業リモートワーカーまじで向いてない」です私。

 

これは正直ライターになった当初から薄々悟っていたけど「認めたら即死!!」と思って頑なに目を逸らしていた不都合な真実で、ただ残念ながらその歪みが昨年秋くらいに臨界点に達してわたしの大事なモノが一旦爆散。

もうこのまま同じ働き方は続けられない。大好きな他人たちと円満に繋がりながら私がもっと心地よく生きていく方法を考えなければきっといよいよ今世は終了。

 

諦めたらそこで試合終了ですよ!

 

ってことで、とりあえず私は「ひとり働き方改革」を進めることにした。ただのジョブチェンジです安西先生

 

そうは言ってもすでに受注している先々の仕事もあり、なんだかんだ出張仕事でバタバタしていた昨年末から今年初旬。キャパシティが4畳半しかないので、ライター仕事があるうちは他の仕事をちゃんと考える・探すことができずにいた。

 

で、ようやく全ての仕事がひと段落したのが今年2月。

 

息絶え絶えに確定申告も終えて、いよいよ、ここから、わたしの、人生n度目の転機が始まる―————。

 

 

 

すっげぇ働かないまま気付けば4月も末。

あれ、うそ、時空歪んだ???

 

”ほぼ無職”なのでたまに取材行ったりエッセイ書いたりしてたけど、それでもスシロー週4学生バイトのほうがまだ稼いでるであろうここ数ヶ月の労働・収入状況。

 

じゃあ何して暮らしてたかといえば、毎日適当な時間に起きてふらふらいろんな場所に行ってブラブラ街歩きして本読んで好きな文章書いてるストレスフリーのヘルシーニートよさこいの練習はほぼ皆勤。

 

「真崎は一体どうやって生計立ててんの????」

 

めちゃくちゃ聞かれるけど、どシンプルに「貯金」です。

2年前にけっこう仕事がんばって稼いだお金が貯金通帳と我が無職ライフを潤わせてくれている。

 

 

もうね、お金がある安心感ってすっごいの。

 

大阪の企業に行く交通費もなく膝抱えて泣いた就活生時代に、カーテンも買えずにありったけのストールぶら下げた6畳ワンルームで毎日茹でパスタ食べてたひとり暮らしサラリーマン時代。

マジでお金がなかった頃を思い出すと、当時の不安や惨めさったらほんと自尊心削れ放題&メンもヘラりっぱなし。

 

「最低限の貯金は精神安定剤だ」

 

そんな教訓を得て、自分が日々安心して健康的で文化的な最低限の生活を送れるように貯金をするようになった。

沖縄移住後からじわじわ仕事が軌道にのってお金が貯まりはじめ、極めつけのセブ出張で、ビンボーだったわたし史上初めて貯金残高が7ケタに。ひとり高度経済成長期。

 

 

案の定、この時も全然働かなくなった。

 

2年前のこのツイートも、ぶっちゃけ全然潔くない。「まぁ働かなくても全然暮らしていけるお金あるしな~」みたいなしゃらくさい余裕が滲んでて我ながら強めに殴打したくなる。

 

この時働かずに何をしていたかと言えば、もうとにかく恋愛。セブ生活を経て確かな結婚願望が芽生え、婚活のつもりで始めたマッチングアプリで出会った彼ぴぴにド傾倒。

 

仕事もロクにせずヒマだった私は、当時夢中になれるものが彼しかなかった。つまんねぇ上に重い女、バッドエンド以外の行く末などありますでしょうか。3ヶ月で終わった。

 

その後めちゃくちゃ反省して「心身自立してなきゃ恋愛なんかムリ、まずは一生懸命仕事しよう」と奮起してめちゃくちゃ働いた。稼いだ。そのお金で今また余裕こいてヒマしてる。学べバカ。

 

お金はわたしの精神を安定させてくれる。

その一方で、ズブズブの安心感はただでさえ怠惰なわたしをよりダメにする。「これだけお金があるから当分何もしなくて大丈夫」と日々をダラダラ消費するだけのつまんない人間にする。

 

いつかはなくなる不安に苛まれながら、能動的に刺激を得ることもなくじわじわと貯金を減らすだけの短絡的安定生活。そこに甘んじる自分のまぁつまんねぇこと。

 

今あるだけのお金をアテにした守りの日々は、わたしの人生を停滞させる気がした。

 

 

フリーランスの独身ひとり暮らしで結婚の予定も皆無、失うものなんてなにもない。

 

 

「貯金、全部使っちゃうか」

 

 

IQ2の結論が出た。

 

 

お金がなくなったらもう働くしかない。やりたい仕事の目星はついてんだから、後は始めるきっかけのみ。今回ばかりは「金がない!!」の焦燥感スタートでおおいにOK。

 

とりあえず、ちゃんとお金を使おう。日々の生活や飲み会とかじゃなく、新しい体験と刺激と出会いにドカンと投資しよう。

 

 

そう心に決めた矢先、バンコク在住の旅人フレンド・古性のっちゃんが「友人限定・5月中旬から1ヶ月バンコクの家を借りてくれる人募集」というFacebook投稿をした。

 

これじゃん。即座に飛びついた。

 

他にも「行きたい!!」というコメントはいくつかあったものの、いきなり直近1ヶ月丸々海外に行けるようなヒマ人は多分わたししかいなかった。この時ばかりは「すげーヒマで良かった」と思った。

 

そんなわけで今、タイのバンコクにいる。

 

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観光や買い物も楽しみつつ、基本的にはこっちでもマイペースにダラダラ過ごしている。

 

それでも、日々の景色がガラリと変わるだけで、自分の体内の空気が入れ替わる感覚がある。わたしにスピの趣味はないけど、たぶん「気の循環」ってのはあるんだと思う。それが実感できただけでも、この旅にきた甲斐がある。

 

 

で、肝心のお金。

 

目的は散財、かつ海外旅行弱者でところどころ頭がゆるい私は、気合いを入れてけっこうな額の現金を持ってきた。「これ全部使うつもりで行こう!!」とやる気満々だった。

 

 

現状、全然使えてねぇ。

 

持ち金がまだモリモリ残ってる。

タイの物価安くない? そのわりにご飯おいしすぎない??

 

タイの環境はもちろん、そもそも自分がめちゃくちゃ金かからないコスパ最強人間なの忘れてた。どうしよう、1時間3000バーツのフェイシャルエステ行くべき……??

 

とりあえず、引き続きバンコクにいます。

 

 

が、もろもろ事情が事情で結局5月31日には帰ります。

 

今度は心身自立した楽しくヘルシーな恋愛しような。 あとそろそろ働こうな。

 

 

真崎

 

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「約束なんていらないからさ、今晩わたしと遊ばない?」

 

なんておフェロな姉さんに言われた日にはたまりませんね。実際毎日似たこと言い散らかしてるのはメンタル小2女児のワテ。

 

小2の頃はよかったですね。学校帰りは週3ペースで友達とどっかの公園で遊んだし、土日になればケイコちゃんかトモちゃんちに「あ~そ~ぼ!」つって電話かけて、近所のコンビニでうまい棒よっちゃんイカ買ってやっぱ公園行って遊んでさ。

 

小学校低学年なあの頃のオレたち、生活リズムもヒマな時間も遊びたい衝動だって圧倒的シンクロ。遊びたい時に遊びたい子に声をかけたらほぼ確実に遊んでくれた。

 

 

で、遊びたい暇人のまま29歳になったのがわたしです。見た目と頭脳が逆コナン。

 

いろんな誰かと喋りたい。いっしょに美味いごはん食べたい。お酒も飲みたい。お花見したい。つまみ持ち寄って夜桜みたい。キャンプしたい。外で肉焼きたい。中でも焼きたい。踊りたい。踊りを見たい。テニスしたい。ドッヂボールしたい。球技大会したい。山登りたい。牧場行きたい。温泉行きたい。鎌倉散歩したい。犬なでたい。猫だきたい。1日だけの店やりたい。宅飲みしながらテラハ観たい。したいしたいで欲望ゲシュタルト崩壊

 

ですがここで悲しいお知らせ。わたしの衝動的な「あ~そ~ぼ!」に「い~い~よ!」を返してくれるあの子やこの子が行方不明です。

小2の時はあれほどいたのに皆どこ行っちゃった? 最近流行りの異世界転生?

 

なワケはなく、同世代なみなさん仕事に家庭に精を出しつつ各々充実した日々を過ごされているんですね。知ってる。あらゆる誘いに秒で乗ってるわたしの暇は、独身独居彼氏なし、仕事すらも現状ライターの皮をかぶった無職ゆえのソレです。知ってる。

ありあまる時間に溶けだす貯金。未来を無視した今ここだけのお気楽LIFE、一寸先はdead or alive。暇だからラップした。

 

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そんなわたしの心の友は、いつも変わらずフットワーク軽めの準ヒマ人。

 

たとえば東京の佐々木に長野のナカノ。わたしよりはずっと忙しい2人だけど、遊びの誘いに対する食いつきのよさがマジでパブロフの犬。旅行も1日お店も女3人が日本酒片手にベラベラ話すだけのトークイベントも、条件反射で「いいねやろう!」が返ってくる。

 

今日も今日とて佐々木と電話しながら遠隔花見。わたしの「暇だし久々に東京行きたいしちょっと遠出して遊ぼうよ、牧場行きたい」という雑な誘いに安定のパブロフ。再来週のどっかに関東のどっかで1泊2日の牧場トラベルすることになった。佐々木マジ愛してる。

 

沖縄時代には愛しのちゅーこ。

 

大学時代からの人生不適合仲間な彼女とだけは、小2レベルの衝動コミュニケーションが気持ちよく成り立った。

「今から家行っていい?」とメールすれば数分後には「大丈夫」と返ってくるし、ちゅーこ宅で互いにダラダラ仕事しながら「飽きた」「わたしも」となればギター片手に海までドライブ。ゆずにスピッツもろもろの歌を夜の海辺で歌っていたら、見回りのおっちゃんになぜか差し入れもらって「沖縄最高かよ!!」と笑う。うるま市のコロッケ倶楽部ではしょっちゅうカラオケオールした。

 

「こんないっしょのリズムで遊べるん真崎しかおらんわ」というちゅーこの言葉に真性同意。彼女のおかげで大学生より大学生感ある愚かで楽しい沖縄生活になりました。

 

ちゅーこに限らず沖縄は「あそぼ!」「いいよ!」「今晩!」「おけ!」になる打率がめちゃくちゃ高かった。なんだかんだでみんなすっげー遊んでくれた。

これほど沖縄を恋しく思わせてくれるのは、海でも気候でも最強食堂のしょうが焼き定食でもなく完全に沖縄の民。大阪で同棲相手でも見つけないかぎりは今年秋に沖縄バックが濃厚です。

 

 

とはいえ関西中心にフットワーク軽めな準ヒマ人は大募集中。わたしのハッピー暇ライフをともに彩るだけのカンタンなお仕事です。

 

こないだ書いたエセ恋愛ブログを読んだ高校時代の友人が5億年ぶりに連絡をくれて今度飲むことになったんだけど、そういうのとってもうれしいね。アリ寄りのアリだね。みんないつでもお声がけくださいね。なお友人がメールをくれた翌日とっても暇だったから「今日飲も!」と声をかけたら普通にムリだった。知ってる。

 

約束するのも好きだけど、衝動遊びはもっと好き。

愛しのヒマな全人類、ぜひとも突然遊びましょうね。

 

なお昨日の夜は「あそぼ!」「いいよ!」の衝動遊びで楽しく過ごせたので、今晩はおとなしく家で平成たぬき合戦ぽんぽこ観ます。

 

真崎 

 

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19の春、鴨川で出会った「4.5人目」の彼のこと。

 

平成最後のエイプリルフールだぁってことで、もう朝からツイッターが嘘と令和にまみれてる。

沸き立つタイムラインを寝ぼけた目でぼうっと眺めながら、京阪電車にゆられて祇園に向かう。デートですか。いいえ顔面エステです。

 

久々の早起きでどうにも眠く、枚方あたりで早々に目をつぶる。視覚が遮断されるとここぞとばかりに聴覚の出番。先ほどまで無意識に垂れ流していた音楽の輪郭を捉えた。

 

イヤホンから聴こえてきたのは、最近ハマってるバンド・official髭男dismの『バッドフォーミー』だった。

 

 

”あっとあっと言う間に

全然タイプじゃないのに

ときめきが浪費されていく NO NO”

 

 

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顔面どタイプの男子たちにあっという間にときめき惚れては当たって砕ける。そんな恋愛を4回ほど繰り返して心が折れた、19歳の春のこと。

 

部活のユニフォーム姿と濃い顏がステキなアイツ、バスケの授業で見せてくれたスリーポイントシュートと濃い顏がナイスなアイツ、そしてバレーボール選手の越川優にただただ似ているミラクル濃い顏なアイツ。

 

高1のときから律儀に毎年ひとりずつ好きになり、律儀に告って律儀にフラれ、傷心のまま上がった大学で出会ったのは見事なまでにどストライクな先輩、濃い顏。

通算4人目、年にひとりのひと目惚れ記録を律儀に更新。

 

 

通算4人目、年にひとりの玉砕記録もまた更新。

お疲れさまでした。ありがとうございました。

 

友人の協力を得ながらあの手この手で先輩に接近。飲み会やキャンプで仲を深め、一度だけ彼の家にお泊まりだってできた。なにも致してないけれど、ふたり並んで寝転んで、朝までいろんなことを話した。

 

これはいつもと違う勝ち戦。「勝利は目前だぁ」とひとり勝手に息巻く裏で、後日あっさり先輩にかわいいかわいい彼女ができた。

敗戦確定。メンタル打首獄門。

 

 

気付けば鴨川にいた。

 

夕焼けに照らされた鴨川のほとり。川べりにひとり三角座りして、対岸の五分咲きサクラを死んだ目で見つめる。

 

 

なぜ、こんなにも、恋愛が上手くいかないの。

 

親友も含めた周りの女友達たちは、彼氏にデートにと忙し楽しい日々を過ごしているのに、私ときたらなんでこうなの。

なんでなんでなんでなんで。

 

油断したら涙がにじむ。

涙がにじむと鼻もゆるむ。

ハンカチを取り出して顏にあてながら、グズッと鼻をならした。

 

 

「あの~、こんにちは」

 

後ろから男性の声がした。

低すぎなくて柔らかい、聞き覚えのない声だった。

 

ビクッとして振り返ると知らない男がいた。

 

ひょろりと細長い体型で赤いベレー帽を被ったその人物、二言目には「昨日助けていただいたマッチ棒です」とか言い出しそうな外見だった。

 

 

「おひとりですか??」

マッチが聞く。

 

あ? ひとりだよ物理的にも心もな!

なんて掴みかかるほど私も荒ぶってはおらず、とりあえず「あ、はぁ」とだけ返す。

 

その返答をしたとき、彼とバッチリ目が合った。

 

 

うっす。

 

顏が薄い。

ビックリするくらい顏が薄い。マッチ棒にボールペンでちょんちょんちょんと3点書いたらもうこの男じゃね?

 

え、てかこれナンパ??

 

わたしグッズグズの顔面で??

全然タイプじゃない塩顏マッチに??

これこの先続けてなんかいいことある???

 

目の前のシチュエーションに静かに絶望する私。

 

 

一方のマッチは、こちらの顏を見てギョッと驚く。

 

「え、ちょ、めっちゃ泣いてるやん!! どしたん!!?」

 

グズグズの泣き顔に引くかと思えばむしろ心配した様子で、わたわたとズボンのポケットを探るマッチ。残念ながらティッシュもハンカチも出てこない。

 

「ごめ、ちょっと待っといて!!ちょっとまだそこいといてな!!すぐ戻ってくるから!!おってな!!」

 

いきなり声をかけてきたと思えば、なにも要件を言わずにすごい勢いでマッチは走り去っていった。なんだアイツ。

 

ちょっと待っといてと言われたから、ではないけれど、なんとなくその場を動かずにいた。

 

 

 

数分後。

 

ダッダッダッと走ってくる足音がする。

その気配が近づくにつれ、ガサッガサッというビニール袋の音も聞こえてくる。

 

「おった!!」

 

息を切らせてマッチが戻ってきた。

手にはセブンイレブンの袋。コンビニでの買い物にしてはずいぶん中身が多い気がする。

 

少し間隔をあけて私の横に座り、袋をガサッと開ける。スパイシーでおいしそうな、でもいろんな何かが混ざり合った複雑な匂いが漂ってくる。

 

「フランクフルトと、アメリカンドッグと、からあげ棒と、牛肉コロッケと、肉まんとピザまん、どれがいい? 全部でもええで!」

 

どこからツッコめば。 

 

袋の中を見る。

コンビニのホットスナックオードブル。

 

彼の顔を見る。

曇りなき眼でわたしに微笑みかけてくる。

 

「めっちゃ落ちこんでる時に甘いもん食べる人おるやん。僕ちゃうねんな。そういう時はコンビニのレジ横のあったかいヤツいっぱい買って馬鹿みたいに食べんねん。口んなかジュワワ~ってなったら幸せな気分になんねん!」

 

そう嬉しそうにぶわっと話して再びコンビニ袋を差し出すマッチ。泣いてる私を慰めてくれようとしている、気がする。

 

 

「ほな、からあげ棒もらっていいですか?」

 

揚げ物の油がにじんだ袋を取り出して、おずおずと彼に聞いた。

 

「ええよ!セブイレのからあげ棒めちゃくちゃ美味いよな!ローソンの焼き鳥より全然美味い!」

 

わたしはからあげ棒を、マッチはアメリカンドッグを、それぞれ開けてもしゃもしゃと頬張り始めた。おいしかった。

 

 

「なあ、見てこれ、すごない?」

 

マッチが差し出したのは1枚のレシート。印字された時間を見たところ、どうやら先ほどのセブンイレブンでもらったものだった。

 

「値段見て、値段」

 

値段を見る。854円。

すごさはどこ。

 

「854って、なんか意味ある数字なんですか??」

「へへ、ちゃうちゃう」

 

「え、ほな何がすごいの??」

「854ってな、77引いたら777になんねん」

 

 

 

 

「777は7みっつやけど、854やったら7いつつやで。すごない??」

 

 

 

タハッ

 

吹いた。わたしの負け。

 

 

突然のダッシュ、大量のホットスナック、777と854の謎理論、 セブイレのからあげ棒、ライバルはいきなりローソンの焼き鳥。

 

なんなんコイツ。意味分からん。

意味分からんけど、これはもう笑ったもん負け。

 

得体の知れないマッチ棒みたいな塩顔男に、わたしはすっかり心を許してしまった。

 

「なんなんその謎理論、めっちゃおもろいやんwww」

「謎ちゃうやろ!777より854のほうがハッピーやで!!」

 

マッチといっしょにゲラゲラと笑って、からあげ棒とアメリカンドッグをそれぞれ食べた。

 

その後わたしはフランクフルトを、マッチは牛肉コロッケを、さらに続けてわたしは肉まんを、マッチはピザまんを食べた。

 

「ウソやん、チーズ固まってしもた」

 

心底悲しそうな顏でピザまんをかじり、残ったところを半分に割るマッチ。

 

「最初に食べなダメでしたね」

 

半分こされたピザまんを受け取ってもしゃりと頬張る。とろけないチーズ。落ち込むマッチ。思わず笑う私。肩を並べてジャンクフードを食べながら、くだらない話をしては、たくさん、たくさん笑った。

 

いつの間にか夕日は落ちて、涙はすっかり乾いていた。

 

 

 

「やば!僕行かな!!」

 

マッチが立ち上がる。

思わず「え、もう行くの??」という言葉が出そうになって驚いた。

 

最悪のタイミングで突然声をかけてきた、全然タイプじゃない塩顔のマッチ棒。なのに、このたった30分で、彼との別れをとても惜しんでいる自分がいる。

 

 

え、てか、これナンパじゃなかったの?

 

ここから飲みに誘うとかじゃないの?

一緒にどっか行ったりしないの?

 

せめて連絡先交換とかさ?

え、聞いてよ、わたしから聞くの怖いねんけど…?

 

 

ひとり脳内パニック状態のわたしの前で、マッチはまたわたわたとズボンのポケットを探っている。そして1枚の紙を取り出してわたしに差し出した。

 

受け取ったそれは、四条でオープンしたばかりの、スペインバルのショップカードだった。

 

「これ配りにこの辺おってん!この店で僕働いてんねんけど、メシ美味いからいつでも来てな!」

 

ニッコリと笑い、なぜか両手でわたしの右手をグッと握り、そのまま振り返ってまたダッシュ。マッチは消えていった。

 

 

 

結局、あの後マッチのお店には一度も行っていない。

 

気付けば新しい春がきて、学年が上がり、今度は焼肉屋さんの店員にひと目惚れ。

年にひとりの濃い顏ラブ、今度も惚れて砕けるまで律儀にしっかりやり切った。

 

そんな若かりしわたしの暴走恋愛、5人目にして無事にフィニッシュ。

 

 

 

「マッチは、好きにならなかったの?」

 

 

分かんない。

 

今までにない出会いだったから。

今までにないタイプだったから。

それにあんなに短い時間だったから。

 

あの日のあの感情を安易に「恋」なんて言っていいのか、臆病な恋愛弱者のわたしにはよく分からない。

 

 

それでも、今ここに書いているように、マッチのことは時々こうして思い出す。

 

恋愛なのかは分からないけど、ずっと忘れられない、ちょっとだけ特別な異性。

  

 

だからマッチは、4.5人目。

 

ほんの少し惚れた男として、小さく胸に刻んでおくよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とかね、ないない。

 

マッチ? 誰それ? いないいない。

だって4月1日ですし。5時間がかりのただの嘘。

 

さっき鴨川でからあげ棒食べてるカップル見て勝手に考えたドフィクション。

この文章は鴨川が出てきたとこから全部ウソです。5度の失恋だけが紛れもない現実。

4.5人とかないから。

人間数えるのに小数点とかねえから。

 

そんな平成最後のエイプリルフール。

元号の誕生日。令和もみんなで幸せになろうな。

 

真崎

 

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平成元年マウンティングの終焉

 

平成の始まりとともに生まれ、平成の終わりとともに20代を終え、昭和生まれな皆さんに「あ、どうもアテクシ平成元年生まれですぅ」と茶番なマウントを取り続けた半生でした、どうもすいませんでした。

 

そもそもの始まりは中学1年生、ソフトテニス部に入部して生まれて初めて「先輩」という存在ができた時のこと。

1年生同士で固まっていると、親睦を図ろうとする2年生の先輩たちがやってきて、開口一番「ねえねえ、もしかしてみんなって平成生まれ??」と聞いてきた。

 

「あ、はい、平成元年生まれです!」

「「「「「 若~~~~~~~い!!!!! 」」」」

 

13歳と14歳の会話です。

 

よくよく話を聞けば、先輩たちは「1年生」「下級生」「年下」よりも「平成生まれ」に強いヤングみを感じているらしかった。

私たちと先輩との間に手でカベを作りながら「はい昭和と平成の境~~~笑笑笑」みたいなことを言い出す先輩。

コミュ力高めの1年生代表がすかさず「え~~~そんなん全然変わらないですよ~~~!!」と返すも、先輩は「いやいや、ちゃうねんな、昭和と平成ってだけでホンマに全然ちゃうねん」とこの世の酸いも甘いも舐め尽くしたような憂い顔でつぶやく。どうしたよ。昭和生まれになにがあったよ。

 

 

当の自分たちは、あの頃「平成元年生まれ」であることを特別喜びも誇りもしていなかったと思う。先輩とのこのやり取りにも「なにがそんなに??」と面食らったぐらいだ。

 

そんなわたしが元年生まれマウンティングを乱発するようになってしまう、その背景には主に昭和61~63年生まれな先輩たちによる「ギリギリ昭和生まれネガキャンがあることを主張しておきたい。

 

高校のチア部、吹奏楽部、大学のバレーサークル、就活のOBOG訪問、就職した会社、会社主催のパパママランチ会、朝キャバの待機室、内勤ライターバイト先の会社、年上マン達との合コン、いちばん最近だとよさこいサークル「夢源風人」に入会してからもそう。

 

いくつになってもどんな組織に行っても変わらない。

ギリギリ昭和生まれとギリギリ平成生まれがエンカウントすれば、そこにはあの頃先輩がまざまざと見せつけた「生まれた元号による体感年齢の壁」が発生してしまう。昭和側の攻撃はいつだって「平成と昭和の差をなめんなよ」という自虐型精神パンチ。

 

最初こそ中学のときと同様「いやいや!そんな全然変わんないっす!」とオロオロと下手な返しをしてきたけれど、年と経験を重ねるごとに "生意気な後輩" という処世術を身につけた結果——

 

「え~真崎平成生まれなん!!?」

「そうっすそうっす、ギリ元年っす」

「うわ若ぁ~~」

「お、パイセン昭和っすか、サーセンサーセン

「うわなんやねんお前腹立つわ~www」

 

こうなった。茶番マウントの誕生。

 

改めてこの会話を可視化すると胃にくる。

いま死んだ目でこれ書いてる。

そしてこんなやり取りもきっと明日で死滅する。

 

 

  

笑う。うそ笑えない。

これそのまま言ってる自分が浮かぶ。職場ないけど。

 

まだ見ぬ新元号の眩しさがもうすごい。旧元号の元年生まれ如きが太刀打ちできる気がしない。

 

平成元年マウンティングは気持ち本日、正式には4月末に完全終焉。

 

ギリギリ昭和とのヒリヒリしたやり合いで無駄にモリモリ肥大した我が平成の虚栄心を、いつかどうか元気モリモリご飯パワー元年生まれの若者に踏み潰されたい。

 

 

なんて、新元号発表の前日たる本日になんか平成なことしておきたくて中身皆無なこれ書いた。

 

平成元年生まれの断末魔ブログ。どうせ明日のツイッターは新元号での大喜利祭りですからね。

 

真崎

 

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横浜・東京・沖縄・高知・ときどきセブの大阪なう、11回引っ越ししてきた6年間の軌跡です。

  

人間はヒマか悩むかすると人生を回顧し出すんですってね。知らんけど。

 

しばらくは締切のないのんびりした日々を過ごしたいなぁと思っていたら、念願叶ってこの2ヶ月が誠にヒマ。そろそろ耳からキノコ生えそう。

 

 

例にならって人生回顧。

せっかくここ6年で実家含めて11回引っ越ししてあちこち住んだので、これまでの住んだ場所とともに当時の思い出を振り返るなどしました。

 

4837字。ヒマなら読んでね。

 

 

横浜・白楽・ひとり暮らし(2013.4~6)

 

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就職で上京。23歳、人生初めてのひとり暮らし。

家は駅から徒歩5分の小さな2階建てアパートで、家賃は4万5千円。

 

エイブルの営業マン曰く「東急東横線上の駅近でこの条件の物件はなかなかないですよ~~!」とのことで、内覧したら角部屋日当たり最高なので即決だった。6畳1間でも収納なくてもユニットバスでも日当たりさえ良ければそこはわたしの都。

 

しかし、この家にきて2週間後に 仕事がアレになる

一時的に全気力をなくし、毎日毎晩ずっとこの部屋にこもってサンサンと日光を浴びながら何本も映画とドラマを観続けた。『SPEC』に支えられたのもこの時。

 

のちに大阪で就職が決まって、この部屋を引き払い、京都の実家に戻った。

 

が、その会社も秒でメンをヘラって2ヶ月で退職。

その3週間後にまた横浜で就職が決まって次の家です。

 

 

横浜・天王町・ひとり暮らし(2013.11~2014.11)

 

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横浜駅から相鉄線で3駅。「横浜のベッドタウン」と言われていた当時の天王町で、わたしと同い歳の3階建てアパートに住んだ。

家賃は4万7千円。駐輪場なし。許可をもらってアパート前に適当に止めていた自転車は12月24日に盗まれた。ハッピークリスマス。

 

この部屋、屋内に洗濯機を設置できるのはよかった。

が、ホースを通す口を開けると狂気のドブ臭が漂ってくる難点があり、洗濯のたびに半泣きでファブリーズをふった。

  

もともと物欲も少なければ、当時はお金もロクにない。

布団とちゃぶ台とテレビしかない6畳1間に客人は驚き、ある友人には「え、独居房??」と本気で心配された。シャバです。

 

勤続2年目に差し掛かり、仕事で激病みしていたころに「池袋でシェアハウスするからおいでよ」と大学時代の友人たちが誘ってくれた。すがるように引っ越した。

 

 

東京・池袋・シェアハウス(2014.11~2016.6)

 

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(家族会議) 

 

楽しさで言えば、このシェアハウス「あいえんや」での暮らしに勝る家はない。

 

メンバーは気心知れた友人たち、かつ昔はがむしゃらに「出会い!感謝!圧倒的成長!」と自己啓発畑を駆けぬけた仲間である。

居心地のよさはもちろん、「自分と他人は違う」という大前提に立って対話ができる貴重な空間だったと思う。

 

(メンバーたちの結婚やらで一昨年解散した) 

 

ただ、池袋への愛着はゼロ。

 

なんせ街が暗い。

高いビルが立ち並ぶ駅前は日照面積がとにかく狭くて「ここは終末の地……??」と錯覚するほど薄暗い。

 

しかし終末にしては人が多い。めちゃくちゃ多い。なんだかんだで東京の繁華街。埼玉の植民地。振り返ればコスプレイヤー。隣にはアニメイト本店。

土日にはまともにカフェにも入れず、パソコン作業場所を探すだけで疲弊して帰宅したことも何度もある。

 

 

東京に病んだ。

そして「ゆるくて暖かそうだから」というIQ5の理由で沖縄移住を決める。

 

 

沖縄・宜野湾・シェアハウス(2016.6~11)

 

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(同居人のお兄さんが漬けたスク)

 

貯金5万でツテほぼゼロの沖縄移住。

編集者の先輩からは「お前は人生なめているのか??」と怒られた。なめてない。ちょっと浅はかなだけ。

 

沖縄でさっそく詰みかけた私を救ったのは、唯一かつ極太なツテだった女友達。

移住から3週間はめちゃくちゃデカい彼女の家に居候し、その後に彼女が以前住んでいたシェアハウスを紹介してもらった。持つべき友は彼女。

 

池袋のときは違い、1人暮らし×3のようなシェアハウス暮らし。

男性ふたりとの共同生活だったので「真崎大丈夫? やらかしてない??」と心配されたが、ライフセーバーのお兄さんと致したのは『東京喰種』の話ぐらい。家主とは奥さん共々いまも仲良くしてもらってる。

 

tidanews.ti-da.net

 

入居から4ヵ月で退居という悲劇。

 

が、ホームをレスする直前で東京の編集者さんから「真崎さん、3ヶ月ほどセブに移住してみませんか!!?」とメールが届く。神はいた。「行きます!!」とほぼ即レスでセブ行きが決まった。

 

 

フィリピン・セブ・ルームシェア(2016.12~2017.2)

 

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(セブでのお仕事パートナー&家主まゆゆ
 

初の中期海外暮らし。 

暖かい気候、気さくで楽天的な現地人、なんとなく沖縄と雰囲気が似ていたセブは居心地がよかった。

 

フィリピン人はとにかく気さくで、例えばカフェでONE PIECEアプリを開いたら『Oh, ONE PIECE!I love it!』と店員さんが話しかけてくれる。拙い英語で「今はアーロン編です」と伝えた。

 

道にはゴロゴロと野犬がいて、時々ふつうにヤギもいて、早朝にはコォォォォォォォォケコッッコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォゥという断末魔のような鶏の絶叫が聞こえる。見る聞く全てがオール非日常。

 

基本的には取材&記事を書きつつ、休みの日にはまゆゆといろんな場所に遊びに行った。シキホール島まで行って黒魔術も受けた。惚れ薬も買った。

 

 

物価も安く、日本人も多く、現地の人はフレンドリー。

セブでの暮らしは思いのほか過ごしやすかった。汚れまくりの大気を除いては。

 

車の渋滞が世界ワーストレベルのセブは、大気が排気ガスと砂埃まみれだった。

「空気がキレイな場所じゃないとアタイ生きていけない……」と、最後の数週間はひたすらに沖縄に戻ることを夢見ていた。

 

 

沖縄・沖縄市コザ・社員寮に居候(2017.3~4)

 

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(社員マンたちと食べる白菜しゃぶしゃぶポン酢)

 

「家なし仕事もロクになしですがセブから沖縄に戻ります」とFacebookに投稿したら「うちの寮使う? 無料でいいよ」とゴッドな社長さんが声をかけてくれた。アーメン住みます。

 

そこはまごうことなき男子寮だった。

「真崎大丈夫?やらかしてない??」 例外なく大丈夫です。みんな本当にいい奴で、かつ仕事熱心なのであまり家にもいない。過ちが起きる隙すらなかった。

 

立地的には少し不便なコザだけど、せんべろ居酒屋、おしゃれ立ち飲み屋、隠れ家的なジャズバーなど、ステキな飲み屋が徒歩圏内に点在している。

コワーキングカフェで夜まで仕事をして、終わったらその場にいる人たちと飲みに行き、ベロベロで寮に帰る。なかなかヘブンな日々だった。

 

1ヶ月こちらでお世話になり、次に住む物件を見つけたところで退居させてもらった。

 

沖縄・宜野湾・ゲストハウス居候(2017.4~10)

 

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(BBQの準備をするアメリカ人同居人)

パリピ(当社比)の家主が運営している外国人向けゲストハウスに移った。

 

家主との出会いは、セブに行く前このゲストハウスで開かれたホームパーティ(パリピ!)だった。友達に誘われて参加し、まぁとても楽しかった。

で、楽しそうなあの家に住めたら最高だなぁと思っていたタイミングで急きょ住人募集が出たのである。奇跡だ。

「募集要項:男性」とあったが無視して応募した。

 

アゲでファニーでエビバディシェアハピな空間だったので、家ではよくパーティが開かれたし、各国からの宿泊客ともよくお酒を飲みながら話した。

 

が、わたしはそもそも根暗非パリピ引きこもラーなので、大体のパーティーは途中抜けして部屋にこもる or 家に帰らず車にこもるなどした。

 

理解ある家主は「場に人数が増えるごとに口数が減って最終的に消えるむーちゃん」としてわたしを紹介してくれ、おかげで遠慮なくパーティ中に沈黙・失踪することができた。

 

 

「死ぬほどの恋がしたい」らしい家主。

「好きなタイプは安心と信頼のマスオさん」なわたし。

 

あらゆることが正反対な家主とは『テラスハウス鑑賞&意見交換』がとても捗り面白かった。その記事が上のやつ。

 

そんな楽しいゲストハウス暮らしは、うっかり高知に彼氏ができて「わたしは土佐の嫁になる!!」と宣言して終了した。

 

 

高知・高知市愛宕町・ひとり暮らし(2017.11~2018.1)

 

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(移住1日目に参加したライター交流会、ビールが積まれていた)

もはや移住ではなく短期留学と化した高知暮らし。

土佐の嫁? 私が言った? 気のせいじゃない?

 

夏に実施したよさこい移住応援隊インタビューでは「よさこい好きの場合、よさこいオフシーズンの移住はあまりオススメできない」みたいな話も聞いていた。ほんそれ。孤独死するかと思った。
 

沖縄移住が大成功だったので油断していた。フリーランスの地方移住はもうちょっと戦略練らなきゃ孤独に負ける。

 

ただ高知はよさこいともども変わらず愛していて、なんだかんだで3ヶ月に1度くらいは足を運んでベロベロ酒を飲んでいる気がする。こちらもゆるくて気さくな県民性が心地よく、あと県民の肝臓の強さには毎度ビビる。

 

 

大阪・新大阪・ルームシェア(2018.4~6)

 

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(同居人ガールとうどんパーティ)

パラグアイで現地民に1年間よさこい指導!!」という企画に応募をしたのがこの時期。

受かれば7月からパラグアイのため、受かる前提で短期入居できる家を探したところ、知人の紹介で新大阪でのマンション暮らしが決まった。

 

いろんな家に住んだけど「家主不在で初対面の人とルームシェア」というのは初めて。

ドキドキのお相手は年下のかわいい女の子。コーヒー好きでよく豆から挽いてコーヒーを淹れてくれた。夜にふたりでスイーツとコーヒーを嗜みながら恋バナするなどしていた、あのかわいい日々たるや。

 

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大阪北部で大地震が起きたとき、わたしと同居人ガールはともにこの部屋で被災。その日は本震の恐怖に震えつつ、ふたりで力を合わせて地震対策と物資調達をした。

 

非常時になったとき、すぐ近くに頼れる誰かがいる状況のなんと心強いことか。人知れず結婚願望が爆上がりしたのもこの時期だった。

 

直後、パラグアイよさこい案件に落ちた。号泣。

 

短期入居の約束だったので、白目で次の物件を探した。そして結局再び独居。

 

masaki-desuyo.hatenadiary.jp

 

 

大阪・市内某区・ひとり暮らし(2018.8~2019.9予定)

イマココです。

 

今の家、間取りは1K、最寄り駅から徒歩2分、徒歩5分以内で3沿線利用可、梅田まで10分弱、日当たりそこそこ良好、オートロック、2口ガスコンロ、家具家電がひと通りとウォーターサーバーまでついて家賃が3万5千円。

一家心中か猟奇殺人のあった事故物件としか思えなかったが、フタをあければ家主さんのただのご厚意。この世は神で溢れている。

 

そんなステキな我が家も、今年の9月末に強制退去が決まっている。この世は不条理。

 

 

この家を出た後、どこでなにして生きるかはまったくの不明。

 

引き続き大阪でよさこいやってるかもだし、ただ気持ちとしては沖縄バックが大優勢だし、かと思えばまたパラグアイとか言ってるかも。

 

30年目のハッピー五里霧中ライフ、引き続きこんな感じで生きていきます。

 

ただそろそろヒマが過ぎる。

よければ皆さんかまってください。 

 

真崎

 

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踊りと、よさこいと、夢源風人のこと。

 

踊って踊って踊って踊って踊り狂って踊り散らして踊り疲れて倒れて笑って「楽しかった!!!!」と叫んでそのまま人生終えるのが理想の終末プランなんだけど、それはさておき以下本題です。

 

 

ひょんなご縁から、大阪のよさこいチーム「夢源風人(むげんかじぴとぅ)」に入会して踊り子をしている。

 

きっかけはかなこ。写真のあの子。

大学時代から踊りに夢中だった彼女とは卒業後5年間まったく会わず連絡も取らずだったのに、ここにきて突然の再会、そしてぴとぅを紹介されて今はいっしょに踊っている不思議。いつかの出会いは人生の伏線、回収はいつも突然に。


 

 

踊ることは昔から変わらずわたしの大事な"好き"であり、同時にスーパーウルトラ大コンプ。

 

踊ることが大好きだから高校でチア部に入るし、大学でダンスサークルに入会するし、仲間とミュージカルもするし、京都や東京や沖縄でもダンススタジオにも通う、のに、いざ踊り始めると容姿とスキルに対する他者比較と劣等感が止まらない。

 

結局どれも長くは続かず、ロクに上手くもならず、わたしは踊ることを何度も何度も妥協してきた。

 


それでも、自分のターニングポイントにはなぜか踊りがあり

 

 

身近な誰かが踊っていたらどうしようもなく悔しくて、気付けば踊りたい踊りたいと叫び散らしている。

 

散らした結果高知よさこいで踊れたのが2年前。拾ってくれた横山さんありがとう。ツイ廃やってて本当によかった。

 

  

「踊ること」を抜きに、わたしの人生を最高にする想像ができなくなった。とっても明るい絶望感。

 

それじゃあ仕方ない。

 

もう一度ちゃんと踊りをやってみよう。

やるなら踊る喜びを再び教えてくれたよさこいにしてみよう。

部活みたいに本気で、仲間がたくさんいて、大人の青春ができて、わたし好みの”色っぽさ”がある振り付けのよさこいチームで踊ってみよう。

 

そして出会ったのが、夢源風人だった。

 

 

 

よさこいを始めてから、わたしの人生は582倍楽しくなった。

 

一方で、おなじみ他者比較からの劣等感はやっぱりがっつり975倍。

嬉し涙も苦渋のソレもひっくるめて泣く回数も爆増した。

 

よさこい界隈には、ぴとぅには、踊り上手も美人もめちゃくちゃ多い。写真や演舞動画を見るたびに「我々はおなじヒト科ヒト属ヒト???」と目を疑う。

 

踊っている瞬間は何にも代えがたいほど楽しい。

でも後からその様子を動画で見るのは毎度吐血するほど耐えがたい。

 

同じ踊りをしているのに、なぜこうも、動きが、表現が、艶やかさや色っぽさが違うのか。わたしの動きは一体ぜんたい何故どうしてこうなったのか。ついでになんでこの顏なのか。

現実を直視してから立ち直って復習をするまで、ダメージ回復にかかる時間は地味に長い。


 

 

劣等感に関して、今でもしっかりと脳裏に焼き付いているのが、去年の振りチェック。

 

ぴとぅでは、新曲の練習をスタートしてからお祭りでデビューするまでの間に、必ずインストさん(踊りの指導者)による振りチェックが行われる。

しっかり振りを覚えているか、個々にどのような特徴や課題があるのかをがっつり指摘してもらえるうえに、自分の演舞とインストさんの演舞を並べた合成動画も作ってもらえて「自分の振りが本来とどう違うか」を客観視することができる貴重な機会である。

 

チェックに向けて、自分なりに猛練習した。

 

が、驚くほどに本番で動けなかった。引くほどボロボロだった。

 

終わった瞬間、恥ずかしさやら情けなさで消えたくなり、涙が溢れて止まらなくなり、その後のインストさんからのアドバイスは正直ほぼ耳に入ってこなかった。

 

 

これだから、踊りは怖いのだ。

 

わたしの脆い自信をカンタンにぶち壊し、 劣等感の渦に叩き込んでくる。ダサい自分やズルい自分、怠惰で逃げ癖強くて正視に絶えない自分をもりっと浮彫りにしてくる。

 

あーもーやだやだ。

やっぱりこうなるんじゃん。

だからイヤだって言ったじゃん。

 

そして、また踊りから逃げたくなる。

 

 

振りチェックの日はとても寒い日で、寒さと涙で鼻をズルズルさせながら、ガチガチに冷えた手でスマホを手にとり、東京の親友に電話をかける。

そして開口一番「もうダメだ本当にダメだ恥ずかしいし情けないし無理消えたい!!!!!」と涙ながらに喚いた。 

 

 

が、彼女の反応は

 

「お前、なんだよ、青春かよ」

 

である。涙が止まる。

 

 

「先月まで高知でさみしさと刺激のなさがつらいつらいってグズグズ泣いてたのに、ちゃんと踊れなくて悔し泣きとかさ、この短期間でもう全然違う種類の涙流してんじゃん、すごいよ、めっちゃ青春してんじゃん」

 

 

「確かに」

秒で納得した。

 

悔し涙なんて最後にいつ流したのか覚えていない。

中高大学時代、テニスやバレーや吹奏楽や教育NPOの活動であんなに夢中で泣いたり笑ったりしていた、あの感覚をもうずっと忘れている。

 

 

「真崎、大人の青春したいってずっと言ってたじゃん。それもう青春だよ。よさこいやってる真崎、すごくいいと思うよ」

 

だよな、わたしもそう思う。

 

踊りが怖くて嫌になることはあっても、結局、踊ってる自分のほうが踊ってない自分よりもぶっちぎりで好きなんだよな。

 

 

とりあえず、まだ続けてみようと思った。

 

そうして、去年はなんだかんだ踊った。

高知よさこいでは3日間70回近く踊った。

 

間違いなく、人生でいちばんたくさん踊った1年だった。

 

 

  

そんなこんなで、昨日は新曲『郷-Sato-』のお披露目でした。

ありがとうございました。 

 

なんというか、楽しくて幸せな1日だった。

もう特筆することもない。踊ってて良かった。

 

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07 [4K]夢源風人 郷 -Sato- 初披露 大東ふれあいフェスタ2019

 

『郷-Sato-』です。観てね。

(tamaran様、いつも写真や動画ありがとうございます)

 

すごいな、わたしここで踊ってんだな。

とても不思議なお気持ちだけど、やっぱりめちゃくちゃ嬉しいな。すごいな。 

 

ぴとぅ入会はわたしの人生史上トップ10に入る英断だった。かなこありがとう。おかげでやっぱり人生楽しいです。わたしの人生にやっぱり踊りは必要でした。

 

これからいろんな場所でモリモリ踊るので、ぜひいつかのどこかに来てください。

とりあえず次は4月6~7日の「京都さくらよさこい」です。

  

真崎

  

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100回ブスと言われた元キャバクラ嬢は「ちょうどいいブス」をススメない

 

「ブス」は滅びの呪文だと思う。

 

なにを滅ぼすか。ラピュタ、否、自尊心です。

25歳の春、副業で勤めていた朝キャバにて。当時ギリギリで保たれていたわたしの自尊感情は、クソめなパズーこと山木さんの「ブス」連呼によって破滅した。

 

山木さんはお店の常連だった。いつも同僚や部下3~4人で来店しては、デロデロに飲んで騒ぎまくって酔い潰れてフラフラ帰る。その姿をわたしは待機ルームや別テーブルからちょくちょく覗いていた。

 

ある日、わたしが山木さんのテーブルにつくことになった。マスターは少し不安そうな顔で「彼ね、普段はおとなしくていい人なんだよ。でも酒を飲むと口が悪くなっちゃうんだよな。何言われても気にしなくていいからな」と言った。

 

はぁいと軽く返事して、すでにデロデロ状態な山木さんのテーブルに向かい、ニッコリとあいさつをする。

 

「失礼します~^^」

「帰れブス」

 

これが彼のファーストブスだった。

 

以前から、わたしの顔を見たお客さんに「さっきの子のほうが可愛かったな~」「お姉さんは地味な顔をしているね」と微妙な反応をされることはちょくちょくあった。唯一わたしを指名してくれる赤井さんすら「お前、全体的にピーマンみたいだな」とよく分からない総評をくれた。

 

それでも、ここまでド直球に、しかも出会って開口一番「ブス」を投げつけてきたのは山木さんが初めてである。

衝撃でリアクションが上手くとれないわたしにかまわず、彼は次々と追いブスをぶつけてきた。

 

「ブス!おいブス!くそブス!なんやブス!帰れやブス!呼んでないぞブス!なに座ってんねんブス!笑うなやブス!なんか言えやブス!しゃべんなブス!なんで胸だけデカいねんブス!」

 

もはやブスが語尾化している。どうも山木でブス。座っても笑っても黙っても喋っても罵られてしまい、どうも存在自体がお呼びでない。かろうじてFカップだけが市民権を得た。

 

彼の執拗なブス攻撃に、当時のわたしは「うわ、ひどくないっすか~~!!笑笑」などと微塵も気の利かない返しをしてはニコニコ笑っていた。

山木さんは引き続き「なに笑ってんねんブス!ブスはせめて胸出せやブス!」とブスをブスブス突き刺しながら胸をさわってこようとし、慌ててマスターが止めにくる。

 

そんなやり取りを繰り返すうちに時間がきて、山木さんテーブルへの初陣が終わった。

山木さんは「じゃあなブス!」と吐き捨てて店を出る。暴れるわりに毎度あまりお金を落とさないらしい彼に「今度は指名料払ってタイプの嬢でも呼べやコラ」と言いたい気持ちをグッとこらえ、最後までニコニコと見送った。

 

この日だけで、おそらく30ブスはくらった。

体力と精神力がすり減って待機ルームでぐったりするわたしに、マスターは「ごめんな。あの人酔っ払うとああなっちゃうんだけど、本当に思っているわけじゃないから」とフォローを入れる。

 

マスター。

たとえ本当に思っていなかったとしても、ブスと言われたら凹むもんなんですよ。

 

さいころ、意地悪だった兄にとつぜん「今からお前のことをブスって言いまくるけど、絶対泣くなよ。泣いたら負けな。はいスタート、ブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブス!!!!」という史上最悪のオリジナルゲームを持ちかけられ、ショックすぎてものの数秒で号泣した経験を思い出す。

 

当人にどんな意図があろうと、「ブス」はその響きだけで相手を傷つけ、自尊心を奪う殺傷力を持っているらしい。

久々に真正面からブスをくらいまくったわたしの頭に、兄とのクソゲームで得た気付きがよみがえった。

 

その日はマスターが早めに退勤させてくれ、未だズキズキと傷む胸を抱えながら池袋の風俗街をふらふら歩いて帰った。

「あぁ、わたし今めっちゃ傷ついてるな」と思った。

 

 

山木さんは、それからも週1ペースで店にきた。

そして、わたしをテーブルに呼びつけたり待機ルームまで来て絡んできたりするようになった。指名はしない。「ブスに払う金も飲ませる酒もない」らしい。

 

「おいブス!今日もいんのかブス!来いやブス!」

 

はいはいニコニコどうもブスですブスが失礼いたしますぅ。諦念ただよう笑顔を浮かべながら山木さんの水割りをつくる。おいブス。こらブス。ブスのつくる酒はまずいなブス。はははニコニコもうほんとブスですいませぇん。

 

道化と化したわたしに、山木さんは満足げだった。

 

朝キャバで働く前の、2年間のしょっぱいサラリーマン生活で、わたしの自尊心は自分史上最底辺に落ちていた。

自分で自分を上手く愛せないなら、他人に存在を承認・肯定され続けるしかない。

そう思って生きていたわたしは、お店にどんなお客さんが来ても「誰かに嫌われる、不必要だと思われるのは怖い」といった不安から媚びるように機嫌を取りにいった。

 

たとえ山木さんであっても、嫌われたくない。

この人に、目の前にいる相手に必要とされる自分でいないと価値がない。

 

わたしは、滅びの呪文「ブス」を受け入れた。

 

 

結局、山木さんからは最終合計100ブスほどくらった。

 

我ながら、なかなか都合のいいサンドバックになれたと思う。日頃の鬱憤をガンガンぶつけられる素直なブスとして、わたしは最後まで彼に求められ、かまわれ続けることができた。

 

やったね。すごいね。

 

自尊心、最初よりボロッボロになってるけどね。

 

 

www.huffingtonpost.jp

 

「ちょうどいいブスのススメ」なる本とドラマが話題になっている。

 

自分の容姿が美しくないこと、なんならブスであることをまずは受け入れなさい。見た目もノリも距離感も、男にとって良すぎず悪すぎず「ちょうどいい女」でありなさい。まぁそんな感じのモテハックらしい。

 

著者の山崎ケイさんは、たぶんこの戦法を上手く使いこなして実際にモテているんだと思う。男にとって、ちょうどよく、都合よく、選ばれやすい女をやっているんだと思う。大いにけっこうである。勝手にモテていてほしい。

 

 

でも、できれば女性の恋愛指南書にはしないでほしい。

100回ブスと言われたわたしは「ちょうどいいブス」をススメない。

 

「ブス」と言われ、「ブス」を受け入れるとき、想像以上に自分はしっかり傷ついているから。男に相手にされようが、自尊心はゴリゴリに削れていくから。

 

ちょうどよかろうがなんだろうが、結局「ブス」は誹謗中傷、人を見下し馬鹿にするための言葉だから。呪いだから。

 

山崎ケイさんがどうかは知らんが、自尊心低めな人が安易に「ちょうどいいブス」なんて目指したら、たぶん、きっと、もっと自分を嫌いになってしまうと思うから。

 

自分を「ブス」と下げてまで他人に選ばれなくてもいいし、他人に平気で「ブス」のレッテル貼るような奴に好かれる必要はない。

 

「ちょうどいいブス」なんて、響きがキャッチーなだけの都合のいい女にならないほしい。自分で自分を「ブス」にしないで。

 

 

キャバ嬢を辞めてから3年半。

温かい環境と優しい人たちにぬくぬく囲まれて自尊心がしっかり回復している今、もうわたしは自分を「ブス」などと受け入れる気はない。「ブス」など言ってくる人間をわたしの人生に入れるつもりもない。

 

ブスと言われて、ニコニコ、するかよ、しねえよこちとら全力真顔だよ。

 

山木、よく見ろ。

わたし意外と鼻筋キレイだろコラ。

 

真崎

 

※今回出てくる人名はすべて仮名です。

 

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