真崎ですよ

ライターの真崎です。2016年6月より池袋→沖縄に移住しました。

お母さん、お父さん、沖縄のお友達を紹介しますね。

 

拝啓 お母さん お父さん

 

娘です。

 

ふたり向けのタイトルをつけつつ「子どもの個人ブログは親が侵してはならない領域です」と内心警笛を鳴らしながらこのブログを綴ります。

とはいえ、母にTwitterアカウントがばれ監視が始まりネットに疎い父まで私の名前でエゴサしていると聞いた日からもう全て手遅れ。せめて少しの後ろめたさでも感じながら読んでもらえると幸いです。

 

 

お元気ですか。私は元気です。

 

沖縄に移住してから半年が経ちました。

なんなら今はセブにいます。

 

先日ちょっと嬉しいことがありました。

今回はその報告になります。

 

 


以前、沖縄移住をテーマにエッセイを書きました。

 

初めての連載。

初めてのNewsPicksピックアップ。

憧れの作家から「めっちゃおもろい」のリコメンド。

とても嬉しく思い出深いこちらの記事、約1万字の力作をカンタンに要約すると「友達ほしい」の5文字になります。

 

友達だらけの東京から縁もゆかりも皆無の沖縄に移住して、最初の1カ月半はわりと病んでいました。理由はあんまり人と会ってなかったからです。

 

キレイな海に美味しいご飯、暖かい気候にオシャレなカフェなどいろいろひとりで堪能するも、圧倒的に何かが欠けた毎日。

 

 

「あ、これ友達ほしいやつや」

 

そう気付いた7月後半から、積極的に人と会いイベントに参加し「沖縄で友達少なくて寂しいので積極的にかまってください」と恥を忍んで各所で言い回りました。

たくさんの優しい方々にホクホクかまってもらいました。たくさんの優しい方々のおかげで沖縄生活が楽しくなりました。

 

 

どんな方々か、と聞かれたら

 

 

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たとえばこんな方々です。

 

 

セブ島上陸前の11月下旬。

私が個人的に大好きな皆さんをお誘いして、ハマヒガ島のオシャレ施設でお泊りBBQを開催しました。

 

今回は当日レポとして「こんな皆さんといっしょに沖縄生活をぬくぬく楽しんでいるよ」とお友達と戯れる誰得記事をお届けするつもりです。だって嬉しかったんだ。両親含めてまだ離脱しないでください。

 

 

会場はハマヒガ島のオシャヴィラです

 

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今回お借りしたのはこちら。

トリップショットヴィラズ・ハマヒガです。

 

こちらを初めて利用したのは、東京から女友達が沖縄旅行にきたときでした。アラサー女のリアルな旅行模様とともに、ヴィラもしっかりご紹介しています。

 


 

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つまり最高な感じです。

 

 

今回のメンバーを紹介しますね

 

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こちらは、通称「みなみの家」ご夫妻。 

旦那さんが通称「みなみのヒゲ」さんで、奥さんが通称「ピノ子」さんです。

 

おふたりが運営する「沖縄移住ライフハック」というメディアは移住前から読ませてもらっており、1度仕事でお会いして以来すっかり大好きになりました。

どのくらい大好きかと言えば「私の結婚願望を500倍にしたご夫婦3選」という自分でもタイトルが気持ち悪すぎて半永久下書き保存中のブログ記事において堂々の第1選目に書かせてもらったくらいのガチなやつ。私のあこがれど真ん中なご夫婦です。

 

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フォトウェディングを業者に頼まず、自分たちでやってみた | 沖縄移住ライフハックより引用)

 

これやりたい。

 

今回のBBQ企画も、私が「みなみの家ご夫妻が好きすぎて遊びたすぎるので何かしましょう」とウズウズしながらお声かけしたのが発端でした。怖くたって傷ついたって好きな人には好きと伝えるAqua Timez世代です。

 

みなみの家ご夫妻に対する一方的な好意を語りだしたら余裕でブログ1本分にはなるので泣く泣く割愛します。しかし好き。

 

 

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写真左奥の、フリーライター・クダカさん。

手前の女は地縛霊なので無視してください。

 

泡盛が大好きで「泡盛マイスター」という資格を持ち各所で泡盛やお酒の記事を書かれている泡盛ガチ勢。沖縄ブロガーイベントでお会いして「泡盛の美味しい飲み方を教えてください」と一度いっしょに飲ませてもらった仲です。

 

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こちらはクダカさん手作りの泡盛サングリア。

ピンク色でフルーツたっぷり、女心を盛大にくすぐるこちらのお酒はみんなにひと通りきゃあきゃあ騒がれたのち「おしゃグリア」と命名されました。

 

このように、美味しい泡盛と飲み方の布教活動に余念がないクダカさん。沖縄の飲み会には必ずひとりいてほしいタイプの泡盛お姉さんです。

 

 

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こちらは、ショウさん。

沖縄ブログ(個人的)御三家のひとつ「OKINOTE」の管理人をしているお兄さんです。

普段はf:id:ai-en-house:20161220192317j:plainをアイコンにされていて、実物のショウさんを見られる機会はわりとレア。実物を見れば見るほどスピッツ草野マサムネさん、要はとってもさわやかお兄さんです。

 

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今回の写真もほとんどショウさんプレゼンツ。

機材も本格的で写真へのこだわりがハンパない方です。カメラマンとしてイベントや取材で撮影することも多く、1度の撮影で取られる写真は1000枚にものぼるとのこと。

 

「今回もショウさんがいて下さって助かります」とお伝えすると「ああ、撮影要員ですよね^^」とさわやかに卑屈なことを言う感じも個人的には大好きです。

 

 

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マサムネさんの右隣、かわきたさん。

動画をつくっているお兄さんです。

この日も遅くまで会社でお仕事されていましたが、主に私とヒゲさんによる「午前3時になってもいいのでぜひ来てください」という思いやりゼロの人権無視コールに応じてくれたので感謝と懺悔しかありません。

 

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共通の知り合いからかわきたさんの存在を教えてもらい、Facebookを見せてもらったら目に入ったのがこちらの絵。

見た瞬間ハワワとなってしまい「とりあえずこの人に会わせてください」と知人に詰め寄ったのはずいぶん前、数か月後に偶然ご一緒する機会があって繋がりました。

 

触発されて私もノートに絵を描いては「どうすれば人間の関節がこの角度に曲がるんだろう」と絶望しています。

自分にないものを持っている人はもれなくリスペクト。かわきたさんの動画や絵を拝見してはスゴー!スゴー!と語彙力低めな感想が漏れ出しています。

 

 

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最後は、ちゅーこ。

大学時代に大阪で知り合った友達で、私より1年ほど先に沖縄移住しています。昔から美容に気を使っていたちゅーこ、いまは「飲む化粧品 天然青パパイヤドリンク」を売る会社で働いています。

 

彼女こそ私が沖縄移住するきっかけになった張本人。私が仕事で死んでいた今年2月のタイミングで2年半ぶりに突然連絡をよこして「沖縄住もかな」「ええやん真崎に沖縄合ってんで」とたぶらかした女です。

 

 

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秘部全開なおっさん犬の写真をよく送り付けてきます。

 

当初病みつつも私が沖縄で生存してこられたのは8割方ちゅーこのおかげ。人生と暮らしに抜け漏れの多すぎる私の世話を縁の下で焼き続けてくれている、この世で一番「現地妻」という言葉が似合いそうな愛しの友人です。なお和歌山産の元ギャル。

 

 

 

もちろん沖縄でお世話になっている方はもっとたくさんいますが、今回はこんな(個人的にウルトラ豪華な)メンバーでお送りしますね。

 

なおここまでで既に2581字。

執筆開始から2時間。

私の大好きな皆さんの紹介を終えて、半ばやりきった感もあるので

 

当日の様子はサクッと軽めにお送りしますね

人生は有限。

 

トリップショットヴィラズ・ハマヒガではBBQセットと鍋セット(焼き台や土鍋だけでなく各種食器・調味料・種類豊富なお鍋など)をお借りすることができるので、まずは食材だけがっつり買い出し。

 

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2万円超えの食材とお酒を買い込み「これ大丈夫?買いすぎじゃない?食べ切れる?飲み切れる?」と心配の声があがります。

だいじょうぶ。余裕でした。

 

 

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精力的にお肉を焼いてくれるヒゲさん。

 

 

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精力的にお鍋をしこむちゅーこ。

 

 

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精力的におつまみやおしゃグリアをしこむクダカさんとピノ子さん。

 

 

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精力的に撮影を進めるショウさん。

 

 

精力的に動く皆さんのおかげで準備はサクサク進み、到着から30分で

 

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乾杯!(私の貢献度ゼロ)

 

ホテルのオシャテラスで、波音と波風が最高のオプション。オリオンビール片手にみんなで肉をつついて洋楽に体を揺らすひと時は、もう幸福感みちみちでした。

 

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おしゃグリアに焦点をあてて後ろをぼかせば私でもギリおしゃ感出るの、ショウさん天才。クダカさん、泡盛をピンクにしてくれてありがとう。

 

BBQが終わったら、室内に入って第2ラウンド。

 

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BBQのシメが鍋って斬新。

ただ意外とイケるもので、そろそろほろ酔いな面々でノンストップにがっつきました。

 

 

「誰がエビとカニ食べる?」

 

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もちろんフェアにじゃんけん。

私はBBQで2個しかない貴重な巨大ホタテを盗み食いした罪でじゃんけんに入れてもらえませんでした。仁義なさ。

確かピノ子さんが勝った気がしますが、酔ってたので記憶は曖昧。

 

 

ホテルの窓際にはマッサージチェア

いいポジション。

 

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すっかり酔っ払いのヒゲさんがおもむろに着席、ゆるりとマッサージを堪能し始めたので

 

 

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足つぼ。

イラストが余裕の表情でサイコパス感出てるけど、その裏ではわりと阿修羅っぽい顔になっています。

 

 

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このあと、おしゃグリアのクダカさんもマッサージ。血行をよくするツボを盛大に押しました。

普段は二日酔いにならないらしいクダカさん。翌日の朝、頭を抱えながら「絶対あのマッサージでアルコール回った」と苦悶の表情。ごめんなさい。

 

 

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夜0時に到着したかわきたさんにも、来てくださったお礼にマッサージ。

 

「鉄かな? この肩甲骨は鉄かな?」ってくらいのコリ具合。患部に肘をあてて【ピー】キロの全体重をかけても「スイマセン、効かないみたいです…」とのこと。

おっけー、私の手には負えない(投了)

 

こういう時、下心丸出しのおじさんたちをあしらいながら健全にオイルマッサージするバイトを学生時代にやってきて良かったなと心から感じます。

お母さんから「お願いだから辞めてくれ」と日々説得されたあの頃が懐かしい。

 

 

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そんな感じで、夜は更け

 

 

迎えた朝は

 

 

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盛大な二日酔い。

門にもたれながら「無理、吐く」とうめく図です。

 

大量に買ったお酒もおしゃグリアも全部消費し切ったので当然といえば当然。私はもちろん、皆さまハマヒガの朝に合わないグロッキーな表情をされていました。

そんな中、淡々と朝ハマヒガ写真を撮影するショウさん。そのプロ意識に感動通り越して「ほんとに人間?」ってなりました。

 

 

せっかくオシャレなホテルでおしゃグリアを飲みながらオシャっぽい企画をやったので、最後にオシャな写真でも撮ろうってことで、こちら。

 

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もうね、これすっげー無理した。

オレンジデイズかなってくらい爽やかな写真の裏で、ものすごい頭痛・吐き気と戦ってた。

 

 

長くなりました。(4028文字)

 

そんな感じで、沖縄の各種皆さまと楽しい日々を過ごしています。

 

お母さんお父さんに沖縄生活の一端を知ってもらって「ああ、とりあえずいい人に囲まれて楽しく暮らしているんだな」と思ってもらえたら幸いです。

 

とりあえず、わたしは沖縄で元気にやってます。

とはいえ今はセブです。

 

真崎(娘)

 

セブ島南部、海の上で暮らす「バジャウ族」の子どもたちが可愛すぎて悶えた。

 

「今日バジャウ族が住む村に行くんです。来ます?」

 

セブ島に住む日本人のフリーカメラマン女性・まゆゆにそう誘われたのは、セブ島到着から1時間後。

 

午前6時の会話でわたしの意識は朦朧としていたのだけど、彼女のお誘いで一気に覚醒した。

到着早々、セブ島の民族と交流できるなんて。

 

「行きます」

当然。

 

 

「で、バジャウ族って?」

しかし無知。

 

 

www.youtube.com

 

セブ島の日本人レポーターといっしょに『セブスタチャンネル』っていう番組配信をしているんです。この番組で、バジャウ族と一緒に生活する日本人青年の取材を以前させてもらって」

 

と、上記の動画を見せてもらった。

この動画を見て分かったのは

 

バジャウ族は海の上に家を建てて暮らしている

・海にもぐって魚や海藻などの食糧を採って食べる

・そこで生活する「ヒロム君」という日本人がいる

・村には子どもがいっぱいいる

・かわいい

 

です。(小並感)

 

せっかくなので村に行く前に予習をしておこうと「バジャウ族」でググると、1番目に出てきたのが「ヒロム君」のはてなブログだった。

 

hiromumatsuda.hatenablog.com

 

このブログを読んで、バジャウ族について知ったことをさっくりまとめると

 

マンバリンという地域の海沿いに家を建てて住む部族

・「無国籍の漂流民」と呼ばれている

・現地人でも「バジャウ族」と関わる人は少ない

・というか、関わることを避けている

 

俺がバジャウ族と一緒にいるって事をフィリピン人に話すと

 

『マジで!?あんなやつらと一緒に寝てんの?やめとけよ、、、』

『あいつらは汚いし臭いし仕事もしないで物乞いばかりしている』

『ドラッグ中毒のやついっぱいいるし、物盗むやつもいっぱいいるしあいつらのことは信じるな』

 

など、あることないことネガティブな事ばっかり言われ俺までバカにされる事も少なくない。

 

【驚愕】松田大夢がセブ島で一緒に生活してる『リアル半魚人バジャウ族』って何!? セブ島のバジャウ族のその実態とは - 🌏松田大夢のクソバカ地球滞在記🌏 より引用)

 

 

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バジャウ族の住む場所は、セブ島でもディープ中のディープなところです。海外からセブ島にきて5時間後にバジャウ族の村に行った人は、たぶん真崎さんが初めてだと思います」

 

トライシクルという人力チャリタクシーに乗ってガタゴトと揺られながら、まゆゆが話す。初めてかもだって。照れるね。///

 

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突如出現、プリケツ全裸ボーイ。

 

「子どもが多いですね」

マンバリンの町を走りながら聞く。

 

「性の知識や避妊・中絶などの技術が浸透していないですからね。性行して子どもができたら産む。1家族の子どもの人数も多いですし、平均寿命も65歳くらいなので、セブの平均年齢って20いくつかなんですよ」

「若っ」

 

 

 

そんな話をしているうちに、トライシクルが止まる。

「着きました」

 

 

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着いた。

バジャウ族の住む、海の上の村。

 

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子どもたちがたくさんいた。

 

みんな興味津々な顔でこちらを見ている。来る途中でガンガン物を売ろうとしてくる女の子に出会って戸惑ったこともあり、どんな風に関わったらいいかなと考える。

 

すると、ひとりの女の子が手をふってきた。

 

反射的にニッコリ笑って手をふり返した。

超うれしそうに照れた笑顔を見せてくれた。

連れ帰っていいかな。

 

 

「What's your name?」

かわいらしいハイトーンの声で聴かれた。

 

「I'm Mutsumi」

「ム?」

 

「Mu  tsu  mi」

「ム  チュ  ミ」

 

「Mutsumi」

「ムチュミ」

 

連れ帰っていいかな(2回目)

 

 

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左の金髪ボーイがヒロム君。21歳。

 

この日は村にあるヒロム君の家でカレーを作ってみんなで食べる予定だったので、さっそくお宅訪問のはこびになったのだけど。

 

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「この板のうえを渡って行きますよ」

 

おうふ。

高所恐怖症&平衡感覚のわるいワテ。しかも板は場所によってガタガタ揺れる。なんなら「たまに抜けたり折れたりします」らしいから神様ご加護をください。

 

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板の橋、下からの高さはたぶん2mくらい。怖すぎ。

 

下には海。でも、水は黒い。

都市開発の影響でゴミがたくさん流れてくるようになったらしい。10数年前までは澄んでいた海が真っ黒になってしまったそうで、悪臭もする。

 

親切なバジャウ族ボーイの手をがっしり掴みながら、震える足で歩を進める。そしてたどり着いたヒロム君のおうち。

 

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激オシャ。

ヒロム君のセンスよ。

 

家には、ヒロム君の親友・デンジくん(26)と、妻と子どもたちがいた。

 

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いちばん仲良くなったのは、ジュマイリン。

 

まゆゆたちが取材をしている間、ボーっと座っていたわたしに話しかけてくれた。言葉は理解できなかったけど、ずっと鼻のひだり横をツンツンしている。

 

 

あ。

 

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同じところにホクロがあるね。

 

「おー!セイムセイム!」とわたしも鼻のひだり横をツンツンする。すると恥ずかしそうに妹のほうを向いて笑っている。なんなのみんな。かわいすぎかよ。連れ帰っ(以下略)

 

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右の女の子はカイラ。ジュマイリンの妹。

 

ふたりで手を出しながら私に向かって「イーチ、ニーイ、サンシーゴ!イーチ、ニーイ、サンシーゴ!」と1から5までの歌を嬉しそうにうたってくれた。

 

せっかくなので私から「ローク、ナーナー、ハチキュージュウウウウ!!!」と続きを教えておいた。10のテンションはちょっと情緒不安定ぎみに。子どもたちが素直に「ジュウウウウ!!!」ってやる姿を見てこころが痛んだよね。

 

 

バジャウ族の子どもたちはとってもキュート。カメラを向けるとみんなすぐにポーズをとってくれるの。

 

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はあああああん (深めの吐息)

 

 

わたしは沖縄のコザで子どもと関わるボランティアをしているのだけど、そこで出会う子どもたちは最初にもっと警戒心を見せてくる。

 

「目の前のおとなは誰だろう。興味はある。でもどう話しかけよう。話しても大丈夫なひとかな。どう関わったらいいかな」

 

そんな声が聞こえてきそうな様子で、なじみのあるスタッフに「ねえ、この人だれ?」と聞く。こちらから話しかけると俯いて返事の歯切れが悪くなる。1日かけて関わったら、ようやく警戒心をちょっとといて次から話しやすくなる。

 

 

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バジャウ族の子どもたちは、最初からガンガン絡んでくる。

 

名前を聞いて、歌をうたってきて、遊びに誘ってくれて、ハグや抱っこを求めてくる。何をするときもすごく嬉しそうで楽しそう。

 

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子どもがたくさんいる場所には活気がある。

無邪気な子どもたちには、人のこころを元気にしてくれるパワーがある。

 

貧困や差別。きっと問題もたくさんあるかもしれないけど、少なくとも昨日わたしが見たバジャウ族の村は明るい声と笑顔がたくさんあった。

 

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もれなくオッサンも笑顔。

言葉は分からずともわたしに「これココナッツワイン。飲もうよ。もはやイッキしようよ」って言ってるのは分かった。4杯イッキした。

 

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この日は、バジャウ族カップルの結婚式。

お祝いの日なので昼間からのお酒も無礼講ってわけな。おっけー(たぶん違う)

 

新郎新婦の顔があまりにも強張ってて微笑すら見せないので「なんなの。望まれない結婚なの。愛なき政略結婚なの」などまゆゆといろいろ勘ぐってしまった。

 

違った。ごめんなさい。

 

「新婦は結婚式で笑顔を見せてはいけない。これがバジャウ族の掟なんです」とヒロム君が教えてくれる。誰得のオキテー!と思ってしまったけど、そういうもんなんだね。とりあえずちょっと安心した。

 

 

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そんな感じで、バジャウ族との時間は終了。

 

楽しかったな。

また行きたいな。また子どもたちと遊んだりオッサンとココナッツワインのイッキしたりしたいな。

 

 

満たされた気分で、帰りもトライシクルに揺られる。

 

そして、ふと振り返る。

 

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ついてくるプリケツ全裸ボーイ。

 

またね。

あと10年後には隠そうね、その陰部。

 

真崎

 

 

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日本を出て8時間、台北でとりあえずタピオカ吸ってる。

 

台北なう。

 

桃園国際空港に到着したのは現地時間の午前10時。台北で乗り継ぎを行いセブ島を目指す。次のフライト時間は午前1時55分。待機時間は15時間55分。7000円をケチって自分の首しめてる。

 

とりあえず、さっきまでタピオカ吸ってた。

 

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ランチには台湾料理牛肉麺をチョイス。ドリンクには半額になっていたタピオカミルクティ。普段なかなか注文しないタピオカ系飲料、何も考えず飲んでいたら最後にゴロゴロがたくさん残ってしまった。

 

仕方ないから1個ずつ吸い出す。各ゴロにピンポイントでストローを当ててズッ!と吸うとズコッ!とすごい勢いでタピオカが口にとんでくる。楽しい。ズッ!ズコッ!ズッ!ズコッ!を20ターンくらい繰り返した結果無事に全て吸引完了。歓喜に満ちながらトイレに駆け込んだ。牛肉麺とタピオカミルクティの相性。

 

 

セブ島記事楽しみにしています」

そんな嬉しいメッセージをたくさんもらった。あざますあざます。ありがたすぎてまだセブ島着いてないのにブログ書いてるよね。

 

でも、聞いて。

 

ここに到着するまで、すでにいろいろあったんだ。

ブログ記事に昇華する以外にこのやる瀬なさを鎮魂する術が見つからない。1つずつ回想してみましょうね。

 

 

1. いきなり1.5kg分の荷物を破棄

 

ピーチなめてたー。

だってジェットスターだったらいつもそんなに厳しく荷物の重量チェックされないんだもん。

 

保安検査場の入場前、ピーチのお兄さんに止められて荷物を測りに乗せる。総重量11.5kg。

 

「10kg以上だと機内持ち込みはできません」

 

おっけー。じゃあ観念して預けましょうね。

なんて余裕ぶっこいてたら手荷物預けるコーナーで「当日の手荷物預かり料金は、クレカのお支払い以外受け付けられません」とお姉さん。あはっ。ウケる。クレカとか持ってないから。

 

クレカとか持ってないから!涙

 

絶望的な気持ちでキャリーケースを開ける。引っ越しの際に「いるもの or いらないもの」のトキメキお片付けを実践した結果、このカバンに入っているのは私のこころトキめかす精鋭物資たち。なにが悲しくてこのトキメキを手放さないといけないの。

オヨヨヨヨと半泣きで1.5kg分の愛しいアイテムたちとサヨナラした。なんとか重量チェッククリア。

 

 

2. お気に入りスキンケアを破棄

 

ピーチなめてたー。(2回目)

だってジェットスターの荷物チェックで引っかかったことなかったんだもん。

 

例の荷物チェックベルトコンベアに乗せられて2回チェック。そして「カバンの中を見せてもらっていいですか?」オーケー何もやましいものはないよ。液体類は全部ジップロックに入れているよ。

 

「この容器、100mlを超えているので持ち込めません」

 

ダメだったー。

容器は120mlとかだし中身はもう半分くらいだし大丈夫かなーなんて思ってたらもう容赦なく撤収。いやそりゃ当たり前。ピーチさんが当たり前の仕事してるだけ。悪いのは全部あっしです。浅はかで愚かな自分を死海に浮かべたい。

 

お気に入りの洗顔料・化粧水・乳液がいきなりなくなった。どうなるの私のセブ島スキンケア事情。

 

 

3. みんな、その紙なんなの?

 

なんとか無事に台北到着。

とりあえず入国ゲート行こう。

 

すでに行列の入国ゲートに並ぶ。空港のフリーwifiがサクサク繋がることに気をよくしてルンルンとスマホをいじりながら自分の番を待つ。

 

そして、自分の番がくる直前。気付いた。

みんな、なんか紙持ってる。

 

慌てて後ろを振り返る。ひとりで並ぶお兄さんも持ってる。勇気を出して話しかけた。

 

「その紙って、なんですか?」

「ああ、入国カードですね」

「それってどこでもらいました?」

「飛行機の中でもらいませんでした?」

 

寝てたー。

 

「大丈夫ですよ、あそこで書けます」

そう言ってお兄さんが指さすのは大行列の向こう側にある記入台。

 

 

あれ、なんか私ずっと半泣きじゃない?

 

 

 

記入して行列に並びなおし、30分後に無事入国。

やったね。

 

 

14時間じゃないよ。15時間55分だよ。

 

見知らぬ土地でこの膨大な時間をどう持て余そうかと考えながら、とりあえず5000円を台湾ドルに換金。本日のレートは1台湾ドル=3.56円です。

 

ここで、やっぱり大好きTwitter

私の情けないつぶやきに対し、こころ優しいフォロワーさんたちがいろんなアドバイスをくれるわけ。

 

 

ありがたやー。

皆さまのやさしさでぬくぬくしながら空港をさまようこと約1時間。スカイトレインとやらに乗りたかっただけなのにビックリするくらい見つからなかった。最終的には出国ゲートから徒歩1分のところにあったっていうね!よくある!

 

 

で、ランチを食べてトイレに行って

 

f:id:ai-en-house:20161203163901j:plain

 

トイレットペーパーが切れなくて -2017 冬ー

 

紙を切る部分が日本とちょっと違う。壁に垂直に設置されたペーパーを巻きだして、ちぎる時には手前のギザギザに紙を寄せてブチってやる感じ。手前に寄せたら紙がくちゃっと折り重なって妙に強度が増す感じ、伝わる? 伝われ。

 

 

そんなこんなのここ6時間。

しばらく歩き回ったのち見つけた電源ありのティーショップでひと息ついています。空港内にキレイなシャワールームがあるらしいから後で行こうかな。

 

ティーショップで、何を飲もうかね。

 

 

 

オドオドしながら、結局店員さんがオススメするままに味付けやトッピングをチョイスしていった結果。

 

 

「オ待タセシマシター」

 

 

f:id:ai-en-house:20161203164735j:plain

 

タピオカドリンク(デジャヴ)

 

真崎

 

 

************* 

 

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3ヶ月間セブ島で働くことになった経緯ときもちを書くね

 

「あ、真崎さん。年内か年明けくらいにこの家引っ越して那覇あたりに住もうかと思います」

 

えー。

 

シェアハウスの家主から唐突な宣告。

彼の言葉はわたしの脳内で「ア、真崎サン。年内カ年明ケクライニアナタ住ム家ナクナルヨモケモケモケ」と瞬時に変換された。

 

翌日から、カフェに行っては「シェアハウス 住人募集」の掲示板をボーっと見あさる。仕事はしていない。

 

 

そう、仕事はしていない。

 

11月は自分でも驚くほど仕事を入れていなかった。体調精神不良ではなく「あれ?わたし最近仕事してなくない?」とある日突然気づいたパターン。自己管理と自律は変わらず苦手。来世はすっげーふてこいデブ猫になりたい。

 

さいわい10月までは頑張っていたのでわりと貯金はあった。1~2ヶ月くらい収入が減っても自分ひとりを養うくらいは問題ない。

 

 

よし、じゃあ仕事をせずのんびりしよう。

 

とも思ったけれど、仕事を入れず悠々自適にひとりでのんびり過ごす私の日々は「平穏」ではなく「退屈」になった。仕事で多忙な日々に心が死ぬことはあったけど、退屈な日々は私の生気をじわじわと奪うなんて初めて知った。どっちに転んでも穏やかなるスイサイド。

 

 

これは、なんか良くない。

家もなく仕事もしない未来が見える12月。

 

どうしようかな。

どうやって生きようかな。

 

 

 

 

真崎さん! 突然ですが、セブ島に移住とか興味ないですか?
 
 
 
 

えっ。

 

と声が出たと同時に「えっ」と返信。

お相手は東京時代にお世話になった編集者さん。どうもご無沙汰です。

 

 

セブ島に移住?

どゆこと?

 

「おれは、期間限定の移住体験企画みたいなものか、わりとガチ移住か、どういう感じのお話でしょうか??」

動揺につき返信メールの主語で誤字。

 

「2~3ヶ月くらいの移住になる」

その言葉のあとに本企画の詳細が続く。そして最後に「真崎さんなら移住とかいけそうかな?とか思い」で締め。移住ライターブランディング大成功。なお白目。

 

 

最初のメールが来てから詳細のやり取りまで、時間にしておよそ10分ほど。企画はなんとなく分かったけど、あちらでの生活などまるで想像がついていない。そのメールがきたのは11月14日。「出発は?」の質問に「早ければ12月いっぴから」のご回答。

 

 

返信は当然こうなった。

 

 

「どうしよう、行きたさしかない」

 

ほぼ即決。

 

 

なんでも無理くり因果で結び付けたくなる性癖につき「あ、12月に家も仕事もなくなるのはきっとこのためだったんだ」なんて納得に至っている。

 

未知の暮らしをして未知の文化にふれて未知の景色を見る。未知の想像は「退屈」なんてカンタンにぶっ壊した。最初のメールを見たときから多分9割方こころが決まっていた。こういうお話があるからフリーライターの仕事が好き。

 

 

そんなわけで、明日から3ヶ月ほどセブ島に行ってきます。朝起きられるか不安だったので那覇のネカフェでスタンバイなう。

 

真崎

 

 


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私、文章書かないんじゃなくて書けないんです。

 

っていうタイトルの下書きが出てきた。

 

日付は2016年6月25日。

沖縄にきてからちょうど3週間になる頃。

 

移住前に東京で観ていた『私、結婚できないんじゃなくてしないんです』というドラマにかけたタイトルなのだろうけど、残念、ネタがもう古い。

 

 

でも載せる。

 

平穏:刺激=7:3くらいの日々を過ごしていた今のタイミングで過去の自分に殴り掛かられた気分になったので、ちょっと編集して表に出すことにした。

 

以下ちぇけらう。

 

 

****************************

 

 

新卒入社した会社を、2か月でクビになった。

 

 

社長の思想とやり方に納得行かず感情的に反発して最終的にはロクに仕事もしなくなり利益も出さず会社にとってただの負債人材になったので、まあ当然と言えば当然のこと。

 

と、当時それほど物分かりが良かったワケもなく。

1週間ほどわりと荒れた。

 

「荒れる」を辞書で引けば「[類]2013年5月の真崎」と出るんじゃないかってくらい模範的に荒れた。危うくダークサイドに落ちそうだったけど「みんなで真崎を支えよう」という周りの愛あるチームプレーによって無事引き戻された。

 

 

 

落ち着いてから気付いた。

 

すっげー、ヒマ。

 

 

会社都合の解雇の場合、宣告から2か月間は会社からお給料をいただける。何をせずともお金が入る状態になった私は、1か月間ほどマジで何もせず横浜の安アパートに引きこもった。荒れた反動からか、積極的に外出して人と会う気力がほぼゼロになっていた。

 

 

落ち着いてから、絶賛引きこもりだった私はしばらく毎日文章を書いた。

 

入社が決まってからクビを言い渡されるまでの数か月間で経験した社長や周りの人との関わりの中には、良くも悪くも、今までに出会ってこなかった感情や気付きが溢れていた。

 

それら全てを文章にしたくなった。記録や伝達などの目的はなく「書きたい」という衝動に従って文章を書いた。

 

 

求心力ってなんだ。

教育ってなんだ。

良心ってなんだ。

正義って、悪ってなんだ。

憎悪をエネルギーに生きるのはつらい。

感情も生き方も矛盾があってこそ人間っぽい。

人の語る「真理」や「本質」なんて所詮その人が正しいと思っているだけのイチ思想じゃないか。

 

 

頭を整理するように、タカタカと流れるように文字を打った。完成した文章は惜しみなく発信した。読んだ人から共感や肯定的な感想をもらえることが嬉しく、しばらくは夢中で文章を書いた。

 

 

 

文章を書くことにハマったのは大学時代。

 

当時大流行していたSNSmixi」で、大学生だった私は飽きもせず毎日毎日それなりに長い日記を書いて発信していた。

内容は日常の些細なこと。どんな小さな経験でも「これはこんな風に発信したら面白い」と思ってネタに変えて言語化した。身内にはとても好評で、嬉しかった。

 

 

「私は、書くことが好きなんだ」と思っていた。

 

 

文章を書いている時間が幸せだった。

引きこもり初期段階も無心で書いた。

 

「雇われている以上は給与以上の成果を挙げなければいけない」「でもこんな仕事はしたくない」と泣きながら葛藤し続けた2か月間の会社員生活を思い出した。

他者と衝突して傷つけ合う苦しさを思い出した。

 

 

また外に出て、

また人と関わって、

また会社に入って、

またこんな苦しさを味わうくらいなら。

 

誰にも傷つけられない安全な家の中で、

平和で心穏やかな時間を過ごしながら、

こうして毎日好きな文章を書いて生活する。

 

 

それが、私にとっての幸せなんじゃないのか。

 

とっても安直に、そう思った。

 

 

 

 

引きこもり開始から、数日後。

 

私は徹夜でドラマ『SPEC』シリーズを観ていた。

 

 

ドラマを2周観て、ドラマスペシャル『SPEC~翔~』を観て、映画『SPEC~天~』を観た。加瀬亮はかっこ良かった。

 

SPECシリーズをひと通り堪能した後は、ドラマ『ケイゾク』シリーズを徹夜で観た。SPECはケイゾクの続編ドラマなので順番が逆だったけど気にしない。どうあれ渡部篤郎はかっこ良かった。

 

SPECシリーズが終われば、今度はドラマ『リーガル・ハイ』徹夜観賞スタート。小美門弁護士なら、理詰めで人をマウントする前社長を論破してくれそうだな。なんて思いながら堺雅人に惚れた。

 

その後も『家族ゲーム』『夜行観覧車』など気になるドラマを全話観た。ドラマの次は、毎日むさぼるように映画を観た。

 

朝起きて、朝ごはんを食べて、映画を観て、映画を観て、散歩して、買い物をして、帰って、映画を観て、晩ご飯を食べて、映画を観て、お風呂に入って、映画を観て、寝た。

 

毎日4~5本は映画を観た。ただただ時間を埋めるように、次から次へと消費するように、とにかく映画を観続けた。

 

なんの映画を観たのか、正直半分も思い出せない。今でも思い出して胸がアツくなるのは『桐島、部活やめるってよ』くらい。

 

 

文章は、書いていなかった。

 

時間だけなら病むほどあった。毎朝文章を書こうと思ってブログ記事の作成画面を立ち上げていた。

画面を見つめ続けた。適当にキーを押した。押しては消した。諦めて画面を閉じて、また映画を観た。

 

 

「書いていなかった」じゃない。

 

「書けなかった」が正しい。

 

 

もっと厳密に言えば「書きたいことがなかったから、書く気も起きなかった」んだと思う。

 

 

 

あ、これ。

 

ちょっと悟った。

 

 

私は、刺激も危険も酸いも甘いも少ない平穏すぎる日常から文章を生み出せるほど、想像力も文才も、そして「それでも書く」という意欲もなかった。

 

 

「書きたい」という衝動の前には、必ず経験があった。

 

刺激的な経験をして、感情が動いて、その後にどうしようもないほど強く「書きたい」という衝動が発生して、夢中で言葉を紡ぐ。

 

超安全地帯にいる私に、文章は書けない。

書いても、魅力的になる気が一切しない。

 

 

書きたいなら、動け。

 

 

外に出て、人とふれあい、様々な経験を積み、何かに没頭し、何かに違和感を覚え、協力し、衝突し、喜び、悲しみ、怒り、歓喜し、絶望し、たくさんの感情に出会い、

 

そして、そのあと、やっと書け。

 

 

そう言われたような気がして、「まじかい」と軽く絶望した。

 

 

 

 

最近ブログ更新頻度が比較的多めなのは、たぶん沖縄に来たから。沖縄という初めての環境の中に、驚きと気付きが満ち溢れまくっているからである。

 

移住してきてたった3週間だが、笑顔弾けるスーパー嬉しい出来事から心打ち砕くウルトラファッキンエピソードまで、なんだかとっても日々いろいろ。

 

この場所で受ける刺激が、私の書く意欲を後押しする。ブログはもちろん、結果的に沖縄に来てからのほうがたくさん仕事の原稿を書いているけど、今のところ特に悩むことも追われることもなく捗っている気がする。

 

 

「書く」は私にとって、仕事であり、ライフワークであり、自己救済手段でもある。

 

軽く死にたくなるような経験も、「書く」においてのみ「軽く死にたくなったエピソード」としてプラスに昇華できる。

 

 

 

**********************************

 

 

ってところで、下書き終了。

 

たぶん締めの2~3文が思いつかなかったか、書いているうちに「あれ、これなんか違うわ」となったんだろう。そんな記事で溢れ返るわたしのお蔵。

 

 

約5か月ぶりにこの記事を読み返して「じゃあ書かなきゃいいことじゃん」とも思ったけど、やっぱりそれは違う。

 

書きたくなるほどの経験と文章がセットになってやっと「あーこれ。生きてるー」と感じるタイプなので、書きたい衝動が起きないときはたぶんヒマすぎてそのうち枯れる。

 

おかえりなさい旅の時間。結局、また行ってきます - まるで呼吸をするように、旅をしていた - g.o.a.t

 

夢に旅に恋愛に。

エモ要素がふんだんに詰め込まれた友人の記事。

いーなー。こういうの、いいなああ。

 

 

なんか、そういうの足りてない。 

 

自分がいる場所は関係ない。

どこにいたって、動かなければ退屈だ。

 

 

真崎

 

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東京には戻らない。東京には戻れない。

 

 

 

そんなことがあったよ。

 

今住んでいるシェアハウスの家主に突然「あ、このシェアハウス年内か年明けくらいに那覇豊見城あたりに引っ越そうと思います」と告げられ絶句。

まだ4ヵ月ー。やっと安定期入ったとこー。

 

ボランティアで週3は沖縄市に行くため、那覇豊見城だとちょいと不便。急いで次の住居を探さなければ。 

 

いそいそと沖縄シェアハウスの住人募集を探し始める。そんなときに、東京にいるライター佐々木ののかからこんな連絡がきた。

 

「最高の物件が見つかった。これリアルな勧誘なんだけどさ、東京でシェアハウスしませんか、まじで」

 

まじか。

 

 

あまりにドンピシャなタイミング。「これはもしかして天が私に"東京帰れ"って言ってる? え、そういう感じ?」なんて思った。

 

移住前に「沖縄には永住するの?どのくらい住むの?」と耳からバナナが出るほど聞かれていて、その度に「1ヵ月~一生」と伝えていた。沖縄移住するなんて去年は微塵も想定していない。自分の衝動がいつどのように疼くのか自分でも予測不能なので、どの場所にどのくらいって質問にカッチリした返答をするなんて嘘つきと泥棒の始まりです。

 

沖縄が嫌なんて感情はなく、むしろ最近は「あ、今とてもいいな」と感じている。沖縄という環境、ここで繋がった人、仕事、すべてが自分にうまくフィットしていくような心地のいい感覚。

 

一方で「だから沖縄に永住します」というつもりも相変わらずなく、もし何かしらのタイミングと自分の衝動が重なったら私はきっと動く。

 

newspicks.com

 

土地への愛着を生むものは、「人」だ。

 

会いたい人がいるから

一緒にいたい人がいるから

大好きな人たちがいるから

 

私にとって、その場所が大切になるんだ 

 

 

エモーい。

 

自身のエッセイに書いたこの文章は、私が沖縄移住して得た1番大きな気付き。

 

人が居場所になるなら、親しい友人が多く住む東京は間違いなく私のホーム。中でも関係性の深い佐々木ののかと愉快な仲間たちで一緒に住めるなら、きっと家での暮らしは今よりずっと楽しくなる気がする。

 

 

さらに、東京でシェアメイトになる予定の女性が私に聞く。

 

「真崎さん、高円寺在住の独身イケメン社会不適合男子はすきかな」

 

すきです。

 

 

本気で迷った。

沖縄か、東京か。

 

「まだ沖縄に来たばかりだから」

「勢いよく東京出ちゃったから」

 

なんて言い訳がましい断り文句は一旦ナシ、フラットな気持ちでこの選択と向き合うことにした。

 

 

 

私の迷いに「東京と沖縄で2拠点生活すればいいじゃん」とアドバイスしてくださる方々もいたので考えた。その結果「いや2拠点はないな」と思った。

私の性格上、仮に東京に拠点を持ったらもう沖縄にはほぼ来ない気がする。あるいは「いちおう2拠点生活やってるしな…」って惰性でしぶしぶ移動を重ねる未来が見える。

 

 

私の周りは、ぶっちゃけ「東京推し」が多かった。

 

東京に住む友人はもちろん、Twitterで絡んでくれるフォロワーさんたちからも東京へ戻ることをわりと勧められた。

 

「今後のキャリアを考えれば東京でしょう」

人も情報も会社もチャンスも、東京には至るところに転がっている。確かに今後のキャリアを考えると東京が有利かもしれない。でも、

 

「そのメンバーでシェアハウスは、今しかできない」

そうかもしれない。シェアハウスは気の合うメンバーとするから楽しいと個人的に思っているので、家のことだけを考えるなら、正直圧倒的に東京なのだ。でも、

 

でも、

 

 

でも、

 

でも、

 

 

 

なにが、「でも」なんだろう。

 

 

 

 

 

 

私が動くときは、いつも衝動。そして即決。

 

会社を辞めてフリーライターになるときも、東京を離れて沖縄移住するときも、現状維持以外の選択肢が浮かび上がって「これだ!」と衝動的に飛びついた。現状維持より変化を選択することにワクワクした。

 

裏を返すと、ワクワクする選択肢が出てこない限り、私は現状維持を選んでいた。

 

今回のケース。

これまでのセオリーでいけば、もし東京を選ぶなら選択肢が出た時点で「これだ!」と飛びつくのではないか。メリット・デメリットなんて考えず、すぐにでも沖縄を発つんじゃないか。

 

東京行きのメリットをどれだけ挙げられても、私の心が「でも、でも、」と片っ端から打ち返す。

 

なんで?

 

沖縄と東京、どちらも魅力的な選択肢でしょう?

衝動で即決できないぐらい、今回は双方が魅力的すぎるんでしょう?

 

ねえ、そうでしょう?

 

 

 

 

 

 

「ののかちゃん、ごめん、私分かったかも」

「なになに?」

 

 

 

「わたし、東京戻りたくないみたい」

 

「うん 」

 

 

 

「沖縄にいたい、よりも、東京に戻りたくないみたい」

「うん」

 

「思ったより、東京に疲れてたみたい」

「うん」

 

 

「東京にいるとさ、私たぶんまた"頑張らなきゃ"って苦しくなりそうで」

「うん」

 

「仕事を頑張っていて、貪欲にスキルを磨いて、成果を出して、お金をしっかり稼いで、有名になって、人の役に立って、自分の夢や野望を実現して」

「うん」

 

「そんな立派な人たちと自分を、また勝手に比較して、"私も頑張らなきゃ"って苦しくなりそうで」

「うん」

 

 

「沖縄にきて、楽になったの」

「うん」

 

 

「人と比べることが減ったの」

「うん」

 

「なんか息がしやすくなったの」

「うん」

 

「のんびり仕事できるようになったの」

「うん」

 

 

「だから」

「うん」

 

 

 

いま、東京に戻るのは、怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直、私も真崎さんは沖縄だなと思う」

 

ひと通り話を聞いてくれた後、佐々木ののかは言った。

 

僭越ながら、彼女がどれだけ私と一緒に住みたがっていたかは痛いほど知っている。彼女のこの言葉は、彼女自身の願望に逆らった最大限の優しさだった。

 

 

"東京に戻るのは、怖い"

 

こんなことを思っていたなんて、自分でもまったく気付かなかった。気分で沖縄にきたけど東京のことは大好きだったし、また戻る可能性も大いにあると思っていた。

 

 

違った。

私は、私が思っていた以上に、東京という大都会で疲弊していた。

 

 

悪いのは東京じゃない。東京にいる人じゃない。

誰かに強制されたわけでもなく、勝手に人と比べて焦って走って止まってダウンしてしまう、自分の弱さだ。

 

 

会社を辞めてフリーランスになったこと

東京を離れて沖縄移住をしたこと

 

「真崎さんは、自分の芯をしっかり持って行動しているんですね!」

 

なんて言われることは、とても多い。

 

 

逆だ。

 

本当は誰よりも他人の顔色を窺い、評価を気にして、他者比較してはすぐ「私はなんてダメなんだ」と自責する、自信があるようで実はない、芯の弱い人間なのだ。

 

そんな自分を変える努力をしろと、2年間の会社員生活で何度も言われたし何度も思った。

でも、変わろう努力しようと思えば思うほど、苦しくて息が詰まっていつも泣いていた。

 

 

自分を変えられないから、環境を変える。

 

比較と自責と劣等感に襲われる、会社から、東京から、逃げる。

 

 

幸い環境変化に対するストレスが小さいので、自分より環境を変えるほうが、自分の健康を保つ手段としてずっと手っ取り早い。

弱い私なりの、最適な生き方がこれだった。

 

 

沖縄移住を決めた気分と衝動。

その奥には「東京から逃げたい」という気持ちが、確かにあった。

 

そんなことを、移住から5ヵ月も経ったこのタイミングで初めて気付いた。

 

 

 

 

無事に、次の家(ただし仮住まい)が見つかった。

やったねビバロック。 

 

 

最近はあまりバリバリ仕事をしていない。週に2~3本原稿を書いて、あとはわりとのんびりしている。

妙な焦燥感はだいぶなくなった。「こういうブログみたいなエッセイを書く時間がいちばん好きだなあ」と改めて感じていて、そんなお仕事や、作品として形に残すチャンスを探している。

 

沖縄にきてよかったなと、いま心から思っている。

 

 

胸がドキドキソワソワするような出会いや刺激や焦燥感で、私を育ててくれた東京。

 

まぎれもなく、大好きな街だった。

 

 

もう。

まだ。

どっちだろう。

 

 

分からないけど、私は

 

 

東京には、戻らない。

 

東京には、戻れない。

 

 

 真崎

 

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公開当日に『デスノート』を観た原作ファンの悲鳴を聞いてくれないか

 

 

 

デスノートが好きだ。

 

11年前。私はまだ高校生。お兄ちゃんがある日全巻借りてきたデスノートにのめり込んだ。

 

ドカーン!バリーン!な少年漫画かドキドキ♡きゅんきゅん♡な少女漫画しか読んでこなかった当時の私にとって、漫画『デスノート』は圧倒的文字数と難解さを誇る異色コミックだった。月とLが何を言ってるのか一発でさっぱり理解できず何度もページを戻りながら1冊1時間以上をかけて読み込んだ。

 

派手なアクションはなくとも天才たちの知能合戦は私をハラハラドキドキさせてくれた。

7巻でLが月に敗れて椅子から落ちて事切れるシーンでは2度泣いた。最終巻で月がニアとメロと亡きLに敗れた上にリュークデスノート記名されて心臓発作で事切れるシーンを読んだ後はショックと余韻で身体が動かなくなった。

 

 

もちろん映画だって観た。

前後編、L change the worldもそれぞれ2回ずつ観た。

 

さすが藤原竜也。さすが松山ケンイチ

ありがとう金子修介。(監督)

 

原作とはまったく違ったラストの展開に「あああそうくるのね!なるほどね!うわまじかなるほどねそうくるのね!!」と大興奮、ファン(私)の知識を裏切り期待を裏切らない展開に魅せられた。

 

 

そんな、大好きなデスノート

その続編が、10月29日に公開。

 

 

観るしか、なーい。

 

 

 

 

そんな記事を書きましょうね。

 

 

下手にレビューなんか書いたらヒマな有識層に「このレビュワーは何も分かってない」とコメント付き引用リツイートされそうで怖いだなんて被害妄想が邪魔してこういう記事は避けてきたわけです。

 

じゃあなぜ執筆に踏み切るのか。

デスノートを観た直後からショックのあまり私の心が悲鳴をあげているんだ。

 

レビューっつーかこれは悲鳴です。

ネタバレありますがどうぞ何卒。

 

 

デスノート  Light up the NEW world』につきまして

 


満足度:★☆☆☆☆

知能度:★☆☆☆☆

菅田将暉NON STYLE石田度:★★★★★

 

 

今回は「デスノート争奪戦」です。

 

神大王(誰)の指令で地上に6冊のデスノートがばら巻かれ、警察、キラの後継者、Lの後継者たちで命を懸けたデスノート争奪戦が行われるよー!的なハラハラあらすじなんだけど、もうごめんレビュー本筋から外れることをいきなり言わせてほしいんだけどまずLがあんなに下品な後継者を残すわけがないと心が叫びたがっているんだ。

 

 (どうも、新生Lです)

 

言葉は汚く直情的ですぐ警察を挑発するわ「あの天才探偵・Lの後継者である超天才なボク」的なことを惜しげもなく自称してしまうわの厨二感。

死神の目を持つミサにデスノート記名されて死んだと思いきや実は生きてた展開は前作を彷彿とさせるけれど、Lのような知性と覚悟に満ちた作戦とはまったく違い「実は、ミサに会う前に、リュークが口を滑らせやがったんだ」ですって!生き残ったの超偶然だったわけ!しかもリュークのあの一言で確信するの超安直!私なら怖くて無理!

一応Lの後継者として推理っぽいこともするけど全て根拠は薄くて「はあああん天才」と心揺さぶるLのソレが微塵もないの。

 

いや、確かにLが新しいLになんか今後いろいろ任せる的なシーンあったけど。突然シーンが変わって15秒くらいで終わったから下手すりゃ「CM?」だったけど。でもどうしても、あの知的で聡明で変人だけど気品すら感じさせてくれるLがこんな後継者を残すなんて信じたくないの。夢なら醒めて。

 

 

かたやキラの後継者。

まず「夜神月が生前こっそりニューヨークに子種を残した」っていう唐突な話がまず出るの。

 

じゃあその子がキラの後継者か!果たして誰!な展開になるかと思いきや、作中で初登場したキラの子は雨の中で事切れている回想シーンなんだぜ!出す意味ー!

 

 

月の子種→ミサの保護観察官→??って感じでデスノートが渡って、キラの後継者はまさかのこの人ー!って感じのどんでん返し

 

に次ぐどんでん返しに次ぐどんでん返しに次ぐどんでん返し!!

 

怒涛もいいとこ!

135分でいろいろどんでん返しすぎ!!

 

しかも返し方が雑っつーか「あ、ここで私の兄さんとか突然出てくるのね」みたいな唐突極まりないキラの子種パターンよ。そんな「私」は新生キラに復讐を果たす寸前に何者かにデスノート記名されてパタリ。

 

 

書くと思ったー!

もうあなた絶対書くと思ったよー!

 

あなたあの日のあの瞬間「あ、もう絶対このひと新生Lを助けるためにデスノート使って溶けてなくなるレム(前作で出たミサの死神)パターンのやつ!」と思ってた。もう微塵の狂いもなく予測当たった。「初心者でもできる伏線の張り方」のお手本見せられた気分。

 

 

そして、菅田将暉よ。(好きやで)

 

NON STYLE石田を彷彿とさせる全身白のぴっちり衣装に身を包み、知的でミステリアスな雰囲気は途中まで良かった。良かったんだ。クールだったんだ。

 

はい、銃撃隊とのバトルシーン。

まず外からヘリであれだけ機関銃撃ち込まれたのにその場にいた3人誰にも当たらない奇跡なんてルパン三世でしか見たことないよ。

 

で、菅田くん。

次々と建物に入ってくる隊員たちのマスクをリュークに取らせて片っ端からデスノートに記名しつつ「人間は、神には勝てない」なんてクールにドヤった直後にノートを撃たれて新生Lに「ノートが銃に勝てるかよ」って作中でも随一ダサいツッコミ入れられクールキャラ崩壊。

最後は銃撃隊に囲まれて絶体絶命。危険人物なんだから隊員も早く撃つべきところを、待つの。菅田くんがふらりふらりと部屋の真ん中に歩いていって、月光を背中にカッコよく直立するのを持ってるの。なんで。

そしてお約束。機関銃でパラパパパ、菅田くんが光を背に直立大の字で弾を続々と受けて身体を揺らす。

 

「The・イケてる悪役の末路」かよ。

もう今時なんらかのコントでしかお目にかかれない貴重なシーン見れたわ。

 

 

そう、雑。

キャラも設定も演出も伏線回収もぜんぶ雑。

 

デスノートって綿密に練られた知能合戦が超面白い作品だったわけ。 天才と天才とのぶつかり合い、そこに絡む警察の執念、そういう構図が良かったわけ。前作のキラも「俺は、新世紀の神になる」なんてちょっとサムいセリフをドヤ顔で言ってたけど、その厨二感も天才だったから許されてたわけ。

 

 

”馬鹿なキラもどきが馬鹿なLもどきとノートを争ったってだけの駄作”

 

ひどい言われよう。

でも、否定できないわけ。

 

Lの意志を受け継ぐキラの望んだ世界を作るだのと「前作キャラたちの想いが引き続き息吹きます風」に作られたこの作品に出てくるキャラがあの人たちじゃ、月もLも「こんなはずじゃなかった」ってあの世で泣いてる。

 

いっそドラマ版デスノートみたいに原作フル無視のぶっ飛んだ設定だったら良かったかもしれない。「夜神月は馬鹿なアイドルオタク」で大炎上。でもそのバカバカしさが逆にクセとなって、ドラマも後半に差し掛かる頃には1周回って人気出てたからな。

 

 

 

あー。悲鳴吐き出しきったー。

 

そんなデスノートですが、いろんな意味で興味を持った方はぜひ劇場でご覧ください。

 

 

 

余談。

デスノート鑑賞翌日の夜。

 

 

 

変態仮面>>>>>>>(ムロツヨシ安田顕は正義)>>>>>>>>>デスノートになりました。

 

 

真崎

 

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