真崎ですよ

ライターの真崎です。2016年6月より池袋→沖縄に移住しました。

「真崎は、本当はなにがしたいの?」に対する5年越しの回答 ~絶望と迷いと思考停止と世間体と承認欲求のその先に~

 

 

昨日、自転車を撤去されて絶望した。

 

 

絶望

[名] 一般にはある不在の善を獲得し、あるいは現存する悪を排除する可能性がまたくなくなった場合の精神状態

コトバンクより)

 

思ったより仰々しい。

私にとっての「絶望」はなんというかもっとライトでポップに「まじ消えたい」という感覚。

 

あまり喜ばしくない物事を瞬時にポジティブに捉える事ができず、一旦この世の終わりかの如く落ち込むことを「絶望癖(ぜつぼうぐせ)」と名付けた私は、大学時代にその存在に気付いてからずっと変わることなく自身の中でこの絶望癖を飼い慣らし続けている。今日は寝坊で絶望した。

 

 

 

 

絶望癖について語りたいわけではなく。

ここから本題。

 

私の絶望癖が最も連続的に発動した「就職活動」のこと。

 

 

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地獄のミサワ 就活OB  こういう人が前カフェにいた)

 

 

大学3年生。

真崎、21歳。

 

もう眩しすぎて目に入れると(いろんな意味で)痛くて握り潰したくなるぐらい「意識高いキラキラ大学生」だった私は、「その人がその人に合った場所を見つけてその人らしくキラキラ笑顔で働けるお手伝いがしたいので人材業界に行きたいです(キラッ)」という、就活コラム等で当時もっとも揶揄されていた「勘違い就活生」のまま多くの人材関係企業を受けた。

 

 

 

思ったよりたくさん落ちた。

 

 

落ちるたびに絶望した。

最初に祈られた時泣いた。

(※祈られる=不採用通知

 

 

 

しかし、どれだけ落ちても良かったのだ。

 

私には「本命企業」があったから。

 

 

どれだけ落ちても私はその企業に入れれば良かったし、その企業に入るつもりでいたから、絶望のその先に「で、でもいいんだ!私が入る企業はここじゃないんだから!」と自分を奮い立たせた。

 

 

 

その企業は、人材教育の会社。

 

 

就活を始めた当初サークルの先輩に「就活ってなにしたらいいですか?」と聞いたら「とりあえず挫折経験」と言われたので、挫折ができそうなインターンシップを探した。

 

友人に紹介してもらった「参加者が超優秀」「選考が超難関」「インターンはもう×××××××」みたいなインターンシップがあり、選考に参加したら意外と受かったので参加してきた。

 

 

で、まあその5日間のインターンで無事挫折を経験(周りが優秀&積極的&私自分に自信がない&議論についていけない=一切の発言をせずに半日間沈黙した日が2日間)して終了。

 

 

 

そのついでに、猛烈にその会社のファンになって就活を再開した。

 

 

社員の人たちが素敵だった。

 

インターンでとても成長した気がした。

他の参加学生もとても成長した気がした。

働いている人たちがキラキラして見えた。

会社の崇高な理念に社員全員が共感しているように見えた。

その会社で出会った全ての人が働くことに楽しさと使命感を持って取り組んでいるように見えた。

 

そしてなにより人事がかっこ良かった。

 

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チュートリアル 徳井さん似)

 

 

その会社に強く憧れた。

 

この会社に入社したいと強く思った。

 

 

その会社の理念を読み込み仕事内容をそれとなく叩き込んで、その理念に自分の「実現したい理想」的なものを無理やりはめ込もうと、つるつるの左脳をフル回転して志望動機を作成、どのような仕事をしたいかまで落とし込む。

 

そして私は「人の成長と成功そして笑顔を作り出す人材教育コンサルタントを目指す人」になった。いざ出陣。

 

 

 

 

 

2次選考で落ちた。

 

え。

 

 

「その「難関インターン」に参加できた人はもれなく顔パス同然で4次選考までは行ける」インターン生の間でもっぱら噂になっていたはずなのに、他の人が4次だ5次だと歩みを勧める中、私は2次選考のグループディスカッションで落ちた。

 

 

 

絶望した。

 

 

三条大橋の上で。

 

仲の良い「淫乱」というあだ名の先輩の誕生日をカフェでお祝いしてきて幸せな気分になった後で。

 

 

もうその時の絶望ったら。

 

絶望の中の絶望。

真崎と書いて「ぜつぼう」と読むくらい絶望。

 

 

私がその会社に入るうえで、とても抽象的だが「諸能力」が足りていないのは薄々感づいていた。しかし、インターンの選考でも全く優秀ではなかったわりにはノリと勢いとキャラで乗り切れた感があったので、その辺りのポテンシャルにかけて採用してもらえる気がしていた。

 

 

なぜ落ちた。

 

 

会社に電話した。

 

「選考に関するフィードバックは一切受け付けていない」と言われて引き下がった。

 

 

 

後日、徳井さんから電話が来た。

 

青天の霹靂(たぶん)

 

 

**************

 

 

「選考で、真崎が全力で頑張っているのは100%、120%伝わったよ。ただね、俺たちが見てい」

 

諸能力が足りてないということをオブラート5枚重ねくらいで伝えてくれた後、グズグズだった真崎に徳井さんが続けてくれる。

 

 

「2次選考中、真崎が迷っているように見えたよ」

 

 

どきっとした。

 

もう落ちたしいいや。

開き直って全部伝えた。

 

その会社に入りたいために、会社の理念や仕事を自分の理想と無理やり繋げようとしていたこと。

実はそれにずっともやもやしていたこと。

 

そして「就活生からも有名で人気なこの企業に入ったら周りから「すごい」と言われそうだし憧れられる存在になりそう」という自分でも半無自覚の下心があったこと、はさすがに言ってない。 

 

 

 

「真崎。別にこの会社自体が輝いている訳じゃないんだよ。輝いているのはこの会社でなにかを成し遂げようと全力で頑張っている社員のみんなだから。

 

 

真崎が真崎らしく全力で輝くのに、場所は関係ない。

 

 

 

真崎は、本当はなにがしたいの?

 

 

 

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「居酒屋です」

 

なぜ当時の私がこう答えたのか未だに分からない。

 

 

 

************

 

 

フリーライターになって2か月が経った。

 

フリーランス」という響きに慣れずそわそわして「フリーランス、平たく言うと無職の真崎です」という自己紹介はもうどこでもしなくなった。なんかライターの自覚出てきた。

 

 

ライターだから、どこかで文章を書こうと思った。

 

そして、ここで書きたいと思った企業が浮かんだ。

 

私が以前から愛読していたwebメディアの運営会社で、記事は面白くて、ライターの人たちの色が出ていて、私の周りでも人気で話題性があり、「ここで書かせてもらえたら、自分の色を出した文章を書きながら周りに注目してもらえるかも。ここで書いてるとか真崎すごいねって思ってもらえるかも。」という下心に数日間こころを支配されてたあたり軽く切腹したい。

 

 

その企業の方にお会いする機会をいただき、お話した。

 

 

 

今の私では、ここでは書けないと伝えられた。

 

経験がなさすぎること。

個人ブログはその人の色が出せるメディア、そうではなく自分のカラーを消してクライアントに求められることを書く「商業ライティング」の経験を積んだ方がいいこと。

 

なるほどーと思い、その時から紹介・依頼された仕事を一切断らず全てやらせてもらうことにして、現在5つのメディアで細々とライターをしている。

 

 

自分のカラーを出して主張を全面に出すのではなく、求められることを、そのサイト毎のテイストで、書く。

 

今までブログで好き勝手書き散らかしてきて、所属する団体の広報等でもわりと好き勝手書き散らかしてきた私にとっては、かなり新鮮で貴重なライティング経験をしている気がして、今必死に食いついていこうとしている。

 

 

その先には、憧れの企業があった。

 

「応募条件である「2年以上のライター/編集経験」をクリアするために今を頑張ろう、そしていつかその企業のメディアでライターをやらせてもらおう」という野望。

 

 

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信長の野望

 

 

 

もやもやが来た。

 

予想していたよりもだいぶ早くて順調に社会不適合。

 

 

※大大大前提として、仕事させてもらっている事には本当に感謝をしていて、いただいた仕事に関しては当然の如くしっかりやらせてもらおうという気持ちです。とても当たり前のことですが、会社員時代にはどこか薄かった気持ちだったので。

 

 

 

もやもやと向き合ってみた結果

出てきた問いは「私はライターになりたいのか」だった。

 

 

「書く」という表現方法が好きだった私は、「書く」をおもいっきりしていってみたくて会社を辞めてフリーランスになった。「書く=ライター」だと思ってライターを名乗ってやってみることにした。

 

いくつか仕事をやらせてもらい、ライターさん編集さん界隈の人たちとお話させてもらい、今のところ私が感じているのは「ライターは求められる情報を的確に文字に起こして伝えられる人」というイメージ。間違ってたらすみません。途中経過報告です。

 

 

「書くことが好きだからなんでもいいので書かせて下さい」というスタンスは駆け出しの今でこそそれでいいと自分で思っているけど、それと同時並行で、私は自分の中にあるなにかと向き合う必要性を感じた。

 

 

文章を書ければいいのか。

 

文章を書ければなんでもいいのか。

 

「いろいろ経験を積み重ねることが必要」と自分に言い聞かせる裏で私は思考停止していないか。

 

憧れの企業で書きたい理由はなにか。

 

「自己顕示欲」「承認欲求」「周りからの評価」以外に私がその企業で書きたい理由はなにか。

 

 

 

 

私がそこで書く必然性がないと思った。

 

これはもう私の心情的な話で。

 

 

理由を考えるなら、その意義・意味づけなど、きっとどうにでもできる。

 

しかし、それは私の「思考」によって創り上げられるもの。

 

就活の時に憧れの企業に行きたくて、会社の理念と私の理想を「思考」によって無理やり繋ぎ合わせた、そしてその先にあっさりと綻びが生まれた、あの作業と一体なにが違うと言うのだろう。

 

 

 

徳井さんが聞いてくれた

 

 

「真崎は、本当はなにがしたいの?」

 

 

 

「書く」は、手段だ。

 

それそのものに、私の願望はない。

 

私はきっと「なにか」を表現しようとしてる。

私はきっと「なにか」をしたいと渇望してる。

 

 

その「なにか」

 

「思考」ではなく

私の「こころ」が求めていること

 

 

それをきちんと発掘してあげようと思い

つらつらつらつらつらと言語化を始めた5月。

 

 

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マッピング

数珠つなぎで溢れる言葉。

 

 

で、なんか、見えた。

 

私のこころはなにをしようとしているのか。

どの方向に行こうとしているのか。

 

 

 

そこからはなんかいろいろ早くて。

 

 

まずは「こんなのしたい」と発信してみようと、就活時代に出会った教育×IT企業のマーケッターさんをサシ飲みにお誘いして

 

「こんなのしたいです」と話してみたら「こんなのあるよ」と、あるwebサイトと運営している代表者さんを紹介していただけて

 

 

そのサイト見た瞬間胸のときめきがすごくて

 

動悸息切れしながら代表の方とやり取りして

 

お会いできることになって

 

お話させてもらって

 

「けっこうがっつりやりたいです」と言ったらけっこうがっつりやらせてもらえる雰囲気になって

 

 

 

 

こちらでライターさせてもらうことになって。

 

フリーランスになってからたぶん一番気持ちが高ぶって荒ぶってる感じになってる感じで引き続き動悸が止まらない。

 

私、どきどきしてる。( ≠ 恋 )

 

 

 

 

「真崎は、本当はなにがしたいの?」

 

 

徳井さん。

 

私がしたいこと、こんな感じです。

(文字数的に割愛)

 

 

真崎

 

 

************

 

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